
なんだか全然わからないことの楽しさ『中国の死神』
2000年の夏、ある子どもが家族で北京の公園に遊びに行った。広いその公園には、お化け屋敷のようなものがあった。こわごわ暗闇の中に入っていくと、ゴワゴワした髪の毛の首つり女の人形や、地獄の鬼卒がいた。なぜかそこにティラノサウルスが現れた。 針の山で血みどろになったおじさんや、血の池地獄で煮られているおじさんの間に、草をはむステゴサウルスもいる。最初は怖がってい
(2024年当時)
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2000年の夏、ある子どもが家族で北京の公園に遊びに行った。広いその公園には、お化け屋敷のようなものがあった。こわごわ暗闇の中に入っていくと、ゴワゴワした髪の毛の首つり女の人形や、地獄の鬼卒がいた。なぜかそこにティラノサウルスが現れた。 針の山で血みどろになったおじさんや、血の池地獄で煮られているおじさんの間に、草をはむステゴサウルスもいる。最初は怖がってい

恐ろしいものを読んでしまった。 2018年、32歳の女性が母親の殺害と遺体損壊、遺棄の容疑で逮捕された。彼女の名前は高崎あかり(仮名)。あかりの母親は異様なほど娘の学歴に執着し、医学部を9年も受験させた。娘は浪人をしているその9年間ずっと母親の監視下にあり、執拗な虐待を受けていた。母親が医学部をあきらめたことにより、あかりは9年目に医科大学の看護学科に主席で

「ちょっと〜」 「ちょっと〜」 「きませんか」 「きませんか」 草木も眠る丑三つ時、93歳のお婆さんに呼ばれた「ぼく」は、お婆さんのところに行かなければならない。ファンタジー小説ではなく、老人ホームの利用者と職員の話である。呼ばれたぼくは躊躇する。なぜなら、行けば多分「いきませんか」と言われるからだ。 「いきませんか」とは「行きませんか」。 つまり、お婆さん

あなたのまわりに「叱る」人はいるだろうか。「怒る」ではなく「叱る」人だ。 叱るには「親や上司など指導する立場の人が、未熟な人を注意する」というニュアンスがあることを、きっと多くの人が賛同するだろう。「叱る」という言葉には=人を育てるというような意味を含んでいる。 「叱る」と「怒る」のふたつの言葉にあるこの差は大きい。「叱る」の持つ意味には、叱る人は悪くなく、

すごい本が出た。 いきなりであるが、この本の最後の文を紹介したい。 でも、その窮屈な型を破って、新しい型を生み出すサバイバーがきっと出てくる。私の語りの型は、誰かの生き延びるための道具となり、破壊され、新しい型の創造の糧になる日を待っている。(200ページ) この締めくくりの文に、この本の性格が表されている。性暴力のサバイバーである著者は、さまざまな本を読み

遠い異国での出来事は、慣れている場所ではないからこそ記憶に残りやすいのだろうか。旅先で、そこに住む人の様々な親切や優しさ、悪意や意地の悪さなどが、子供の頃のような鮮烈な気持ちとともに、強く残った経験は多くの人にあるのではないだろうか。 この本は、そういった異国の地での強烈な経験とともに出会った、「忘れられない人」が書かれた本だ。作者の井口淳子さんは音楽学、民

1873年から1879年、中国の田舎でキリスト教を広げる活動をしたアデル・M・フィールドというアメリカ人女性がいた。本書は、アデルが宣教先の中国人女性たちの人生を聞き取ったものだ。 日本だと明治7年、徴兵令がはじまった年、この頃の中国人女性の人生と暮らしはどのようなものだったろうか。 庶民の人生を伝える書物はどの国でも少ない。日本でももちろんそうだ。私たちが

「非モテ研」というものがあるらしい。正確には「ぼくらの非モテ研究会」という名前で、いわゆるモテ講座ではなく「非モテで悩んでいる人」たちで集まって開催されている。この会の主宰で、筆者でもある西井開さんは臨床心理士であり、研究者であり、そして本人も「非モテ」意識に悩むひとりだ。 たとえば人は、だれそれがモテない、と聞くと「外見が悪いのかな?」とか、「性格が悪いの

世代的に、リクルート事件のことを知らない。むしろ、就職氷河期世代の私にとってのリクルートといえば、「エリート学生を超青田買いしている会社」といった印象だ。「すごい成果主義なんでしょ?」「定年退職までいられなくて、入社したら必ず独立しなきゃいけないんでしょ?」と、私も、周りも大学生たちは思っていた。 しかし、読み始めてまず最初に思ったことはひとつだ。「この時代

「被害にあった人は、他の人が同じような目にあわないために活動をしている人が多い」ということをよく聞く。 大変な使命を背負わされて、勇気をもってそれを果たしている人がいる。本書の編著者、入江杏さんもそのひとりだ。世田谷事件の被害者遺族だ。 この本は、入江杏さんが主宰する「ミシュカの森」に登壇した、柳田邦夫、若松英輔、星野智幸、東畑開人、平野啓一郎、島薗進の錚々

日本でもオーロラが見えていたことをご存じだろうか。しかも、直近では昭和33年、約60年前で、これは写真での記録もバッチリあるという。 この本は、タイトルこそ『日本に現れたオーロラの謎』だが、サブタイトルに「時空を超える」や「赤気」という言葉が入り、著者名も片岡「龍峰」さんで、とどめにカバーのイラストで、山から赤いオーラみたいなものが出ている。ぱっと見「スピリ

HONZが送り出す、期待の新メンバー登場! 中野 亜海は三味線と江戸時代を趣味に持ちながら、実用書やビジネス系の本も手掛ける敏腕編集者。今後の彼女の活躍にどうぞ、ご期待ください!(HONZ編集部) 目が見えない、あるいは耳の聞こえない子どもたちは、こう言われて育つらしい。「どうして、ヘレン・ケラーのようにできないの?」 筆者のジョージナ・クリーグは目が見えな