
ノンフィクションの舞台を訪ねて 陸前高田への旅
みぞれまじりの空の下、車窓から鉛色の海が見えた。いかにもリアス式海岸らしい入江になっていて、風があるのか波が高い。「この先、津波浸水区域」と書かれた道路標識を、私たちを乗せたバスは通り過ぎて行く。あれから13年。 「広田湾だ! 高田だー!!」山側の座席にいたはずの竹内さんが、海側の席に移ってきて、はしゃいでいる。彼女は何度も通った道だが、私が陸前高田を訪れる
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みぞれまじりの空の下、車窓から鉛色の海が見えた。いかにもリアス式海岸らしい入江になっていて、風があるのか波が高い。「この先、津波浸水区域」と書かれた道路標識を、私たちを乗せたバスは通り過ぎて行く。あれから13年。 「広田湾だ! 高田だー!!」山側の座席にいたはずの竹内さんが、海側の席に移ってきて、はしゃいでいる。彼女は何度も通った道だが、私が陸前高田を訪れる

不思議だと思っていた。にぎやかな下町に住んでいるとはいえ、徒歩圏内に「インド料理店」が五軒もある。うち一軒はビリヤニなどもメニューにあるホンモノのインド料理店だけれど、他の四軒は「インド・ネパール料理店」で、メニューも値段もえらく似通っている。 さらに不思議に思ったこともある。ちょうど5年前、トレッキングでネパールへ行った時にわかったのだが、カレーがほとんど

はいさい。 ヤンバルクイナを見たい。当初の予定はそれであった。 「HONZ生きものがかり」の塩田春香と軽い腰をあげて南へ飛んだのはこの秋のこと。沖縄への自然探索の旅である。 そして、無事にヤンバルクイナを見ての、その帰りの最終日の夜のことだ。 私たちはとある那覇の人気店でアグー豚を食べていた。隣では愉快な地元のおじぃが楽しそうにやはり、アグー豚を食していた。

2000年の夏、ある子どもが家族で北京の公園に遊びに行った。広いその公園には、お化け屋敷のようなものがあった。こわごわ暗闇の中に入っていくと、ゴワゴワした髪の毛の首つり女の人形や、地獄の鬼卒がいた。なぜかそこにティラノサウルスが現れた。 針の山で血みどろになったおじさんや、血の池地獄で煮られているおじさんの間に、草をはむステゴサウルスもいる。最初は怖がってい

約480ページ。もはや本の厚さごときでは驚かない高野秀行の新作冒険譚の舞台はイラクの南東部、ティグリス川とユーフラテス川の合流地点に四国ほどの大きさで広がる巨大湿地帯〈アフワール〉である。 著者は現代でも謎に満ちた民族が生活し、迫害された人々が逃げ込むという、迷路のように水路が入り組む世界遺産。著者は2017年にこの場所を知り、「行ってみるしかない」と決意し

2022年度の新聞・通信社における女性記者の割合は男性の4分の1弱である(一般社団法人日本新聞協会調べ)。放送業界は多少マシな気もするが、それでもメディアが圧倒的に男性中心であることは変わらない。現代ですらそんな体たらくなのだから、戦前なんて推して知るべし。女性記者(当時は「婦人記者」といった)は各社片手で数えられるほどしかいなかった。 婦人記者という新たな

本書は魅力的な「問い」からはじまる。 若きピッツァ職人を取材していた時のこと。著者は職人の言葉にちょっとしたショックを受けた。 「僕、高校に行っていないんですよ。十六の時にナポリピッツァを食べて感動して、十七から東京のピッツェリアで働いて、十八でナポリに行ったので」 学校に毎日通うのが当たり前だった者からすれば疑問に思う。高校に行けない事情があったわけではな

日本酒、味噌、醤油。木の大桶で仕込む日本古来の伝統食材だ。 ここ数年、こだわりの食品を好む消費者が増え、ステンレスやホーローなど近代設備で作られた量産品ではなく、“本物”の味が求められているという。 それなのにその大もとになる木桶をつくる職人や工場がなくなっている。著者は食品管理の仕事をしていた20年前にその声を聞いていた。 高さ約2メートル、直径約2メート

縁日やお祭りの日の思い出の風景といえば、寺社仏閣の境内・参道に立ち並ぶ露店である。焼きそば、お好み焼き、ベビーカステラ、チョコバナナ、等々。ちょっと強面のおじさんが調理してて近寄りがたいけど、周囲の喧噪に呑まれてつい買ってしまう。その後、風の噂で、あのおじさんヤクザらしいよと聞いて、幼心は震え上がる。 しかし、露天商――テキヤを暴力団と同一視するのは誤りであ

「沢木耕太郎が旅の本を出すらしい」 そんな噂を聞いたのは、そろそろ梅雨も明けようかという頃だった。 書棚からあわてて『深夜特急』を引っぱり出してきて読み始めた。「沢木耕太郎」と「旅」。ふたつのキーワードを耳にして、「沢木耕太郎が自身の集大成となる旅の本を出す」と早合点してしまい、ならば原点ともいえる『深夜特急』を読み直さねばなるまい、と考えたのだ。 すると文

俳優の山口智子が世界中を巡り、後世に残る音楽ドキュメンタリーを10年もかけて撮っていた…。 いま、この地上のどこかで民衆が歌う声を残したいという決意。それを彼女はほんの数人の仲間たちと成し遂げようとしている。本書を読み終わって心の底から驚き、感動した。 『LISTEN.』のイントロダクション映像 2011年9月、ハンガリーのブタペストで夜の帳から聞こえた音楽

コロナに右往左往させられるこのご時世、ロクに会えなかった父親が逝ってしまったとしたら。そんなとき、自分なら何ができるだろう? 父親を葬るという、誰にでも起こりうる人生の1ページを、『国道16号線』などの著作でも知られるメディア論の教授が綴った。こんな見送りの方法もあるのだ、と優しい気持ちになるエッセイのような一冊だ。 2020年の9月、著者の柳瀬さんは、故郷

「ねえねえ、ちょっと聞いて。おもろい話が、あんねんけど」。そう話しかけられたような、「京都の下町」での上質な、極上の、世間話を聞いているような、そんな親しみの湧く本です。 著者の通崎睦美さんは、1967年京都市生まれの「クラシック音楽の分野で世界唯一の木琴奏者」であるだけではありません。 木琴の巨匠・平岡養一さん(1907~1981)の評伝『 木琴デイズ 平

中野の街にはランドマークがふたつある。ひとつは「アイドルの聖地」として知られる中野サンプラザ。もうひとつは中野ブロードウェイだ。 中野ブロードウェイは、中野駅北口からのびるサンモール商店街の突き当たりにある。地下1階から4階は商業施設で、大小さまざま、ジャンルも雑多な店が所狭しと並ぶ。その数は300軒とも350軒とも言われるが、誰も正確な数がわからない。権利

遠い異国での出来事は、慣れている場所ではないからこそ記憶に残りやすいのだろうか。旅先で、そこに住む人の様々な親切や優しさ、悪意や意地の悪さなどが、子供の頃のような鮮烈な気持ちとともに、強く残った経験は多くの人にあるのではないだろうか。 この本は、そういった異国の地での強烈な経験とともに出会った、「忘れられない人」が書かれた本だ。作者の井口淳子さんは音楽学、民

「昼の光に、夜の闇の深さがわかるものか」という言葉がある。暗い場所から明るい場所はハッキリ見えるが、明るい場所から暗い場所は見えないだろうという意味だ。この言葉は、歴史の捉え方という観点から見ても、非常に示唆に富む。 中国古代史、中でも秦や漢の時代について語るとき、真っ先に脳裡に浮かぶのは、始皇帝、項羽と劉邦、三国志の武将など、その時代の太陽ともいえる人たち

「不要不急か――不要不急です」。 得体のしれないことばに、わたしたちは振りまわされてきた。そんなことばを2年間使いつづけている日本医師会、その建物そばの書店「BOOKS青いカバ」の店長・小国貴司さんは、2020年3月、つぶやいていた。 それからおよそ2年、東京の古本屋では何が起きていたのか。 ライターの橋本倫史(はしもとともふみ)は、10軒の古本屋に3日間ず

反体制はカネになる。ん、どういうことだ?、違和感があると同時に居心地が悪い。だって、反体制の人たちはおカネよりも大切なもの、例えば、自然とか文化とか、コミュニティとか、スタイルとか色々とあるから。儲かることや経済とは一線を画して、独自路線を進んでいるのであって、おカネや儲かるという言葉とは縁遠いはずだ。 だけど、読み終えると、そんなやわな考えは吹き飛んでしま

遍路については、恥ずかしながらたいして知識がなかった。なにしろこの本を読むまで、そば打ちと同じように、「仕事をリタイアした男性が手を出しがちなもの」くらいにしか思っていなかったのだから。 弘法大師(空海)ゆかりの四国八十八箇所の札所を回る遍路は、現在年間20万人ほどいるという。ほとんどはバスや車を利用して回るカジュアルなお遍路さんだが、中には遍路で生活して

あなたは、信じるだろうか? 空中浮遊を30分もするなんて、迷信、ウソ、見まちがい、やらせ・・・そう言って、はねつけるだろうか? この精神科医は、信じている。悪魔は実在し、多くの人が、いまもなお闘っていることを、信じている。 「精神科医のなかには、おかしな人もいる」、読み始める前のわたしは思いこんでいた。 本書の版元・国書刊行会が、この本をウェブサイトで「オカ

この人を見よ!。本書の紹介としては、それ以上、なにもいらない。 著者略歴から、映画がいくつでもできる。最終学歴は小学校卒業、13歳でストリートチルドレンに、奇病、二度の癌、4度の結婚離婚、と、経歴だけで圧倒される。1971年生まれの著者の半生は、2016年に出版した『 不死身の花 夜の街を生き抜いた元ストリート・チルドレンの私 』(新潮社)に語られている。

2020年感染症のパンデミックのなかで、最初に声を上げたのは、中国・武漢の一人の医師だった。また、私たちの暮らしを守るのは、医療従事者や保健所の職員らの献身的な働きだったり、市民の自粛生活だったりする。はて、国は何をしてくれたんだっけ? 私が国に求めていることと、国がしてくれることには大きな乖離があると気づいた。 私の暮らしには、政治の影響はあまりないように

人は死んだらどこへ行くのだろう。 これは、人類が誕生以来、問い続けてきた究極の謎である。 先日亡くなった立花隆さんは、死後の世界が存在するかどうかは、「個々人の情念の世界の問題」と述べている( 『死はこわくない』 )。論理的に考えたからといって正しい答えが導き出せるような類いの問題ではないということだ。立花さんは自身の死すらも取材者の目で観察しようとしていた

昔から家で酒は飲まない。宅飲みを愛する人も多いが、自分の場合は家で飲んでも楽しめないのである。楽しく酔えればどこで飲もうと関係ないのだろうが、幸か不幸かアルコールには強い体質だ。だから家だと延々飲み続けることになる。だったら家で飲むのは別にお茶でいいじゃないかと思ってしまうのだ。 外で酒を飲む理由はただひとつ。会いたい人に会うためである。 といっても人目をし

「交通や通信が発達してきたし、世界中で文明化が進んできてるし、文化人類学でやることがなくなるっちゅうことはないんですか」という不躾な質問を、この本の編者である文化人類学者の松村圭一郎さんにぶつけたことがある。答えはもちろんNO。旧来とはちがった視点からの新しいテーマがいくらでもあるということだった。土佐の居酒屋で飲みながらのことだったので、その鋭い(?)質疑

日本酒の新時代を牽引する酒蔵がある。新政酒造だ。秋田にある酒蔵で「No.6」「ラピス-瑠璃-」「亜麻猫」などの日本酒を醸している。ネーミングセンスが独特で、変わったところでは、宮沢賢治の作品名から採った「農民芸術概論」や、ギヨーム・アポリネールの作品から採った「異端教祖株式会社」といったお酒も造っている。新政は熱狂的な人気を誇る酒蔵だ。人気すぎて需要と供給が

本書を数ページめくっただけで、2つの驚きがあった。1つは、火葬が当たり前とされる今日でも、まだ土葬というスタイルが残っていたこと、2つ目は、その土葬がここ数年急激に減少しており、今まさに消えようとしていることだ。 意外なことに、国の定める墓地埋葬法では、土葬が禁じられているわけではない。しかし、ここ半世紀ほどの間に、全国で火葬場が整備され火葬が一気に広まった

東日本大震災から10年。10歳から20歳になるのと50歳から60歳になるのとでは体感時間の長さや意味が違うかもしれないが、それでも誰もが等しく10歳歳を取った。 「あの日のわたしへ手紙をつづる」と副題が付された本書は、SFやファンタジー小説のようなタイムワープができたら、という設定がなされている。あの大地震と原発事故の被災者であり、年齢も性別も違う31人が、

埋葬には宗教による違いがある。イスラム経は土葬のみだし、キリスト教でも死者の復活という教えがあるので土葬が望まれる。国、地域別の火葬率は、米国52%、イギリス77%、ドイツ62%、フランス40%、イタリア24%、カナダ71%、ロシア10%、台湾97%、香港93%、韓国84%、タイ80%( 2016年、2017年の資料 )である。日本では、いまやほとんどが火葬

本にブックカバーはつけない。これを長年の流儀としてきた。 通勤電車で本を開くと、目の前に座る人の視線がきまって表紙に注がれる。本との出会いは何がきっかけになるかわからない。中には電車でたまたま見かけて興味を持ち、本を買う人だっているかもしれない。出版文化への貢献のためなら、喜んで歩く広告塔になろう。そう考えて、どんな本であろうと(たとえ 『性豪』 や 『鍵開

国道16号線は、神奈川県の三浦半島から千葉県の房総半島まで、首都圏を中心にぐるりと環状に結ぶ道路だ。 私が卒業した多摩美術大学は神奈川の橋本駅と東京の八王子駅の間の鑓水にある。16号線沿いで、養蚕が栄えた場所でもある。1960年代、学生運動が激しかった大学を都市部から引きはがす目的で東京の郊外へ移転させたと本書にはある。そのとき都心から通える距離として選ばれ

2017年4月から翌年2月まで、私はほぼ毎月、神奈川県の自宅から亀戸まで、東京都を縦断して「玉川奈々福がたずねる語り芸パースペクティブ」という勉強会に通っていた。 主催者は玉川奈々福。日本にはなぜこんなに多種多様な「語り芸」があるのだろうという疑問のもと、演者や研究者など各方面の第一人者を招き、実演とトーク、および考察をするという壮大な勉強会だった。 20世

チャレンジすることに躊躇しない人を尊敬している。新しい一歩はなかなか踏み出せないものだ。『人間の土地へ』の著者、小松由佳は、特別に並外れた好奇心と勇気の持ち主だと思うのだ。 2006年、24歳の時、世界で最も困難な山だと言われている世界第二位の高峰、パキスタンのK2に日本人女性で初めて登頂に成功した。2019年まででエベレストに登頂した人は1万人以上いるが、

政治家は孤独な職業だと言われる。未来がどうなるかわからない中、たったひとりで決断を下さなければならないのだから、それも当然かもしれない。「政治家と孤独」で思い出すのがノリエガ将軍のエピソードだ。パナマの独裁者として君臨したノリエガは、当初はアメリカにとって利用価値のある(CIAのアセットだった)人物だったが、次第に目の上のタンコブのような存在となり、ブッシュ

中央自動車道の岡谷ジャンクションの近く、諏訪湖サービスエリアは温泉施設が併設されドライバーに人気がある。諏訪湖を一望のうちに見渡せ、まさに絶景のスポットなのだ。 諏訪湖は中央構造線とフォッサマグナの二大断層が交差する地質的に複雑な場所で、温泉が湧き出る理由もそこにある。縄文時代から人が住み、独特の風習や信仰が残っている。 著者の小倉美惠子はドキュメンタリー映

私たちの足下には歴史が埋まっている。 そのことを教えてくれたのが、小倉美惠子氏の傑作ノンフィクション 『オオカミの護符』 だった。 川崎市で古くから農業を営んできた小倉家の土蔵には、鋭い牙を持つ黒い獣が描かれた護符が貼られていた。祖父母が親しみを込めて「オイヌさま」と呼んでいた護符の謎を追ううちに、かつて農民たちの間で広く信仰されていた山岳信仰の世界が見えて

『ディス・イズ・アメリカ』はTBSラジオの「ジェーン・スー生活は踊る」「アフター6ジャンクション」「荻上チキSession-22」などで放送した音楽特集から、アメリカの政治的・社会的トピックに関連する解説を抜粋し、さらに音楽メディアに寄稿したコラムや評論などをまとめた本だ。激動する近年のアメリカ社会の中でポップミュージックが何をうたってきたのか?を「グラミー

“日本以外でも納豆が食べられていたの?納豆にこんなにすごい背景があるなんて!”と衝撃を与えた 『謎のアジア納豆 そして帰ってきた〈日本納豆〉』 から4年。前作で解き明かしきれなかった異国の納豆の正体を、完全に明らかにした驚天動地のノンフィクションがいよいよ発売された。 発売直前のある日、新潮社の会議室を高野秀行さんは一日ジャックしていた。リモートを含め取材が

嘘の夢 嘘の関係 嘘の酒 こんな源氏名 サヨナライツカ 歌舞伎町 夢と希望と 欲望に うずまく町、町、人、人、町、町 心から会いたい会いたい探してたやっと見つけた売掛はらえ 威張るなよホストが凄い訳じゃない 死ぬ気で稼ぐ女が凄い 姫からの死角を探し姫を呼び 口を拭って姫から姫へ 今や「悪の巣窟」のように言われる“夜の街” 歌舞伎町のホストクラブやガールズバー

岐阜県揖斐郡徳山村のダム建設は1957年(昭和32年)に計画された。村は水没するため、住民は集団移転地と移転補償金を手にした。ダムが完成し注水が始まったのが2006年9月。計画から50年後だ。 著者が東京から徳山村まで通い始めたのは1993年。廃村のはずが数世帯のお年寄りが暮らしていた。なかでも村の最奥、門入(かどにゅう)に住む廣瀬司さんとゆきえさん夫妻を頻