
ノンフィクションの舞台を訪ねて 陸前高田への旅
みぞれまじりの空の下、車窓から鉛色の海が見えた。いかにもリアス式海岸らしい入江になっていて、風があるのか波が高い。「この先、津波浸水区域」と書かれた道路標識を、私たちを乗せたバスは通り過ぎて行く。あれから13年。 「広田湾だ! 高田だー!!」山側の座席にいたはずの竹内さんが、海側の席に移ってきて、はしゃいでいる。彼女は何度も通った道だが、私が陸前高田を訪れる
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みぞれまじりの空の下、車窓から鉛色の海が見えた。いかにもリアス式海岸らしい入江になっていて、風があるのか波が高い。「この先、津波浸水区域」と書かれた道路標識を、私たちを乗せたバスは通り過ぎて行く。あれから13年。 「広田湾だ! 高田だー!!」山側の座席にいたはずの竹内さんが、海側の席に移ってきて、はしゃいでいる。彼女は何度も通った道だが、私が陸前高田を訪れる

読み終えたあとも、まだ消化できないものが残っている。こと読書では、これはマイナス評価ではない。たやすく消化できるものばかりが良い本とは限らないからだ。 この本の消化しづらい感じをどう説明すればいいだろう。とても大切なことが書かれているのに、それを著者と同じように理解するのは難しい、とでも言えばいいか。あるいはもっとわかりやすくするなら、次のような問いに言い換

大英帝国の力がシーパワーに支えられていたとするならば、アメリカの覇権はそれに加えてエアパワーに支えられている。このエアパワーを支える存在のひとつが米空軍特殊部隊CCT(戦闘管制員)である。米軍の特殊部隊といえば陸軍のデルタフォースと海軍のネイビーシールズが特に有名であろう。これらの組織はハリウッド映画などを始め様々な娯楽作品にも登場している。しかし、本書の著

太平洋戦争末期、小笠原諸島の硫黄島でアメリカ軍と栗林忠道陸軍中将率いる日本軍の激戦があったことは、クリント・イーストウッド監督の映画『硫黄島からの手紙』で若い人にまで広く知られている。 日本軍兵士約2万3000人のうち戦死者は約2万2000人。だが1万人分の遺骨がいまもなお見つかっていないということを知っているだろうか。 著者の祖父は小笠原諸島父島の防衛に携

本書に記載されている調査によると、現在アメリカ国内で活動中の連続殺人犯の数は2000人ほどだという。その多くは孤立者でもなければ社会ののけ者でもない。彼らはごく普通の社会生活を営み、友好的な隣人として振る舞うすべを知っている。一方で自分の行動が倒錯したものであることは理解しており、しばらくの間は犯行を止めることができるのだが、やがて殺しの衝動が逮捕へ恐怖を凌

「私のもの!」という感情が私たちの生活にどのような影響を及ぼすのか。本書を読むと、何気なく過ごしていた日常が全く異なって見える。「座席のリクライニングはどこまで自由に倒せるのか?」「ディズニーランドでお金を支払って最前列でショーを観れるのは、平等なのか?」意識せずにはいられなくなる。 「所有を設計する」とは耳慣れない言葉であるが、社会には「所有」を生かした工

2024年3月5日、京都地裁はALS(筋萎縮性側索硬化症)の女性患者に関する嘱託殺人及び別の殺人罪に問われた医師、大久保愉一被告に懲役18年(求刑懲役23年)を言い渡した。「生命軽視の姿勢は顕著であり、強い非難に値する」としながらも、現代の医学では治療不可能で身体的自由がきかない患者に対する嘱託による死の定義を示した。 それは、治療や検査を尽くし、他の医師の

近所に夜中まで開いている小さな本屋がある。開いているといっても、頑張って遅くまで営業しているという感じではない。店先に並べられた雑誌はかろうじて最新号だが、棚にある書籍は、すべて背表紙が日に焼けて色褪せている。そして店の奥では、本の山に寄りかかるように、おじいさんがひとり眠っているのである。 終電近い時間に前を通ることが多いが、老店主はいつも眠っている。客の

「やっぱり自分の考えが正しかったんや!」 思わずそう叫びたくなった。 多くはないが、大勢の意見と自分の考えが違っていることがある。気にしなければいいのだが、どうにもモヤモヤする。そのひとつが「イノベーションは加速化する」というやつだ。ウソとちゃうんか。どの程度のことからをイノベーションというのかは難しいけれど、そもそもイノベーションというものはそうそう出てく

社会学者、と聞いて、誰をイメージするでしょうか? 古市憲寿さん、岸政彦さん、宮台真司さん・・・。 世代などによって、かなり異なるかもしれません。 今回、わたしが書いた加藤秀俊先生は、どうでしょう(個人的に教えを受けたので「先生」と呼びます)。 この本を校正していた昨年9月に93歳で亡くなりました。最晩年には『九十歳のラブレター』が広く読まれていたので、そのお

前作『モサド・ファイル』でイスラエル建国以来、同国の「諜報機関モサド」が行ってきた秘密作戦の全貌を明らかにしたマイケル・バー=ゾウハーとニシム・ミシャルのコンビの新刊だ。今回はモサドの諜報員として活躍した女性工作員に焦点を当ててモサドの歴史を浮き彫りにしている。女性工作員というと色仕掛けによる「ハニートラップ」をすぐにイメージされる方も多いと思うが、モサドで

12年前『驚きの介護民俗学』(医学書院)という本を書店で見つけた。著者の六車由実さんは『神、人を喰う』でサントリー学芸賞を受賞した民俗学者ではないか。なぜ介護の世界に身を置くことになったのか。 その経緯は『驚きの介護民俗学』に詳しく書かれているが、介護の現場に民俗学の手法である「聞き書き」を取り入れた六車さんは、高齢者との間に強固な信頼関係を築きあげた。現在

警視庁を担当する記者からの一報に驚いた。 「『東アジア反日武装戦線』のメンバー身柄確保との情報」 1974年から75年にかけて起きた連続企業爆破事件に関わった東アジア反日武装戦線のメンバーで重要指名手配犯の桐島聡(70)とみられる男が、警視庁に身柄を確保された。男は末期がんで、別の名前で鎌倉の病院に入院していたが、「桐島聡です」と名乗り出たという。本人と確認

2023年の有馬記念を制したのは前年の日本ダービー馬 「ドゥデュース」 だった。騎乗の武豊に「千両役者ここにあり」とアナウンサーが叫ぶほど見事なレース運びだった。 このような中央競馬会の重賞レースに出走できる馬はごく一部だ。 競馬業界では毎年約7000頭のサラブレッドが生産され、一方では約6000頭が引退する。ではその引退馬はどこへ行ってしまうのか。 この話

記憶の風化を止めるには新しい世代に記憶を移植するしかない。誰かに継代されることで災害の防御にも繋がっていく。 『災害の記憶を解きほぐす』(新曜社)は関西学院大学社会学部、金菱清ゼミの学生たちが、28年前に起こった阪神淡路大震災の体験者たちに当時と現在の状況、その間の経緯を取材しまとめた一冊だ。 金菱清教授は東北学院大学在籍中、専門の災害社会学研究の一環として

本書を読み始めてすぐ、これは映画やドラマ化のオファーが殺到するのではないかと思った。映像化された際の宣伝文句はおそらく次のようなものだろう。 「韓国社会を震撼させた『n番部屋事件』。前代未聞のデジタル性犯罪の実態を暴いたのは2人の女子学生だった!」 卑劣な犯罪に立ち向かう女子学生のバディもの。さぞや痛快な物語に仕上がるのではないか。 だが、読み進むうちに考え

1981年に刊行された 『窓ぎわのトットちゃん』 は現在まで読み継がれ空前のベストセラー、ロングセラーとなっている。日本人のほとんどが「トットちゃん」は黒柳徹子のことだと知っているってすごいことだ。 さらに芸歴70年で今も第一線で活躍し、冠番組の「徹子の部屋」は2023年9月に、同一司会者によるテレビ番組最多放送のギネス記録を更新した。黒柳徹子さんは生ける芸

青森から、HONZメンバーの青木薫さんが上京されると聞き及んだ。骨太な新刊『遺伝と平等』の翻訳について、日本の代表的な書店のひとつ、紀伊國屋書店新宿本店にて語り尽くすという(青木薫の推薦本フェアは3階人文書コーナーレジ前で開催中 期間はお店に確認してください)。何を隠そう、聞き手は私、HONZ副代表の東えりかである。『フェルマーの最終定理』を始めとるするサイ

4年前、東京・霞が関の家庭裁判所で、離婚調停のために訪れた女性が男にナイフで切りつけられ殺害された。逮捕された男は米国籍で、亡くなった女性の夫だった。 検察は鑑定留置の結果、責任能力に問題はないと判断し、殺人などの罪で男を起訴、懲役22年を求刑する。一方、弁護側は統合失調症による心神喪失を主張した。2023年10月20日、東京地方裁判所は、妄想や幻聴の影響で

初めてフェミニズムに触れたのは10代の頃、上野千鶴子氏の『セクシィ・ギャルの大研究』がきっかけだった。もちろん現在の岩波現代文庫版ではなく光文社のカッパ・サイエンス版で、タイトルだけ見てそそくさとレジに持って行ったのをおぼえている。 ところが読みはじめて面食らった。そこには10代男子が期待していたようなスケベな話は一切なく、むしろこちらのスケベな視線そのもの

著者の山上信吾氏は、コロナ禍の2020年12月から2023年4月までの2年4か月、駐オーストラリア日本国大使として、日豪両国の関係発展に尽力した外交官である。 山上氏が在任期間中に、在オーストラリア日本国大使館公式ホームページに和英両文で102回発表した「南半球便り」の中から、50回余りを厳選してまとめて一冊にしたものが本書である。 2020年にオーストラリ

約480ページ。もはや本の厚さごときでは驚かない高野秀行の新作冒険譚の舞台はイラクの南東部、ティグリス川とユーフラテス川の合流地点に四国ほどの大きさで広がる巨大湿地帯〈アフワール〉である。 著者は現代でも謎に満ちた民族が生活し、迫害された人々が逃げ込むという、迷路のように水路が入り組む世界遺産。著者は2017年にこの場所を知り、「行ってみるしかない」と決意し

TBSのドラマ『VIVANT』が話題だ。我が家もドはまりしていて家族は毎週考察に夢中である。主人公の乃木憂助は自衛隊の裏の組織「別班」の工作員だったが、その後テロ組織の一員となった。「潜入」なのか「転向」なのかはいまのところ不明だが、予測を裏切る脚本が売りなので、この先もあっと驚く展開が用意されているのかもしれない。 さて、設定が自衛隊の秘密部隊ともなると、

1989年、昭和から平成に変わる時代に、女暴走族を取り上げた『ティーンズロード』という雑誌が並んでいたのをご存知だろうか。初代編集長の比嘉健二さんが当時の回想を交えながら書き上げた本書は、第29回小学館ノンフィクション大賞を受賞した。 女暴走族というニッチなジャンルで賞を受賞!? 小学館ノンフィクション大賞は、「未発表作品に限り、海外冒険旅行や、博物誌、観察

『汗と涙のドキュメント日記シリーズ』、ちょっとなさけないイラスト付きの新聞広告を目にされたことはあるだろう。『交通誘導員ヨレヨレ日記』、『派遣添乗員ヘトヘト日記』、『メガバンク銀行員ぐだぐだ日記』など、すでに10冊以上が出版されている。何冊か読んだけれど、どれもおもろい。しかし、今回の『コンビニオーナーぎりぎり日記』はレベルがちがう。 おもしろさのレベルとい

うんと幼い頃、ロバのパン屋さんという行商があった。記憶は遠く、かすかに覚えているのはロバの瞳だ。大きな目の中の全部が黒くてまつ毛が長かった。考えてみれば、自分の生活圏の中で働く動物を見たのはあれが最初のことだし、犬以外の動物では最後だったのではないか。 会社を辞め海外を一人旅していた著者は、モロッコで使役されるロバの姿を見た。あいつに荷物を載せて旅をしてみよ

「働き方改革」が叫ばれている。厚生労働書のHPによると、「現代日本が抱える少子高齢化や介護育児との両立などの問題にたいして働く方の置かれた個々の事情に応じ、多様な働き方を選択できる社会を実現し(後略)」とある。だが現実は多様な働き方に対応しているとは言い難い。 確かに伝統的な徒弟制度には問題があっただろう。長時間労働を強いられたうえ、賃金は安く、技術習得は「

きっかけは以下のツイートから始まる63個からなる一連のスレッドだった。 私は6児の母であり、モルモン教徒です。宗教的なことも含めて、私は中絶についてよく理解しています。これまで男性たちが女性のリプロダクティブ・ライツについて、女性に代わって好き勝手に議論してきたことを聞いていました。私は、男性が実際のところ中絶をなくすことには全く関心がないことを確信していま

著者ガブリエル・スタンリー・ブレアは、フランス・ノルマンディ地方 の小さな町に住む、アメリカ人作家、ブロガー、デザイナーであり、6人の子どもの母親である。初めての著書『Design Mom: How to Live With Kids』は、二冊目となった本書『射精責任』(原題:Ejaculate Responsibly: A Whole New Way to

もはや新型コロナは過ぎ去ったかのように、人は旅を楽しんでいる。異国への興味はどの国の人も等しく持っているらしく日本の観光地は外国人で溢れている。 とくに日本の「食」は世界中の憧れだと言われている。インバウンドや富裕層を対象に美食を核に据えた観光立国論を語るのが本書である。 いまや世界のどんな辺鄙な場所のレストランであろうとも、魅力があればその情報はネットで拡

思い出話だが、評者は小学生のとき、空想の街を考えるのが好きだった。自由帳にRPGの地図ような架空世界を描いたり、家にあるレゴブロックやオモチャを並べて街に見立てたり。シムシティやシティーズスカイラインといった街づくりゲームにハマり、寝食も忘れてプレイした記憶もある。 そうした、実在しない街や地域を大人になっても地図に描き、追究し続ける人々がいる。それも、描き

2022年度の新聞・通信社における女性記者の割合は男性の4分の1弱である(一般社団法人日本新聞協会調べ)。放送業界は多少マシな気もするが、それでもメディアが圧倒的に男性中心であることは変わらない。現代ですらそんな体たらくなのだから、戦前なんて推して知るべし。女性記者(当時は「婦人記者」といった)は各社片手で数えられるほどしかいなかった。 婦人記者という新たな

わたしたちは法律や条例などのルールに囲まれて生きている。そして、それらの多くがわたしたちを深刻な危害から守ってくれていることは間違いない。だがその一方で、何らかの理由でルールがうまく機能していない場合も少なくない。ほとんどのドライバーが守っていない、ある道路での速度制限。日々新たに報じられる、企業のコンプライアンス違反。では、そうした一部のルールがあまり守ら

マッチング・アプリ、まったく未知の領域である。まぁ、66歳既婚者なんだから、当然といえば当然だ。しかし、いまや結婚するカップルの20%が利用するという。知識として知っておくのは悪くなかろうと読み始めたら、いきなり驚きの連続だった。 冒頭で紹介される30代の知人女性Kさん。マッチング・アプリで知り合った男性7人と同時に付き合っているという。へ、二股でもあかんよ

2021年に発売され、人類の希望をあらためて世に問うた『Humankind』。オランダの若き知性が著した一冊は、その後話題を呼び、この度4万部の部数を突破をしたという。著者のルトガーブレグマン氏に、HONZ仲野徹が迫る!(HONZ編集部) 仲野 「ほとんどの人間は基本的に本質的にかなり善良だ」——ブレグマンさんは『Humankind 希望の歴史』で、こう主張

今やあまりお目にかかれない書籍が出た。本書は、2021年4月に出版された竹倉史人『土偶を読む』(晶文社)への反論本である。それも、明確な事実と論拠に基づいて真っ向からメッタ斬りにする、恐ろしく肝の据わった一冊だ。 まず、当時の『土偶を読む』現象をおさらいしよう。同書は刊行直後からNHKを中心とする各メディアで注目を集め、SNSでも紹介記事や書評が大きくバズり

テヘラン生まれ大阪育ちの直木賞作家、西加奈子さんがカナダのバンクーバーで乳がんに罹った。本書はその治療過程の経験談とともに、カナダの医療行政や、生活に関する考え方などを時系列で記したノンフィクションだ。 家族3人で住むブリティッシュ・コロンビア州は外国人でも健康保険に入っていれば医療が無料で受けられる。だが最初は総合医であるファミリードクターか、誰でも受け入

朝ドラで話題の植物学者、牧野富太郎は小学校中退である。授業が退屈すぎて自主退学したことはよく知られている。現代からみれば、牧野富太郎は「ギフテッド」だったのかもしれない。 本書はギフテッドの実像に迫ったノンフィクションである。「ギフテッド」という言葉自体は社会に認知されつつあるが、その実態はほとんど知られていない。彼らの等身大の姿を伝える本書は、才能とは何か

艾未未(アイ・ウェイウェイ)は、中国の現代美術家、活動家、建築家である。彼の作品は、社会的・政治的批判、人権、文化的アイデンティティをテーマとすることが多く、作品はインスタレーション "Remembering" など、2008年の四川大地震に関連した一連の作品で国際的に有名になった。 "Remembering"は四川大地震で娘を亡くした両親の文章を、通学カバ

「ディスレクシア(発達性読み書き障害)」という障害があることを知ったのは、ほんの数年前のことだ。トム・クルーズがこの学習障害で、台本を読むことが出来ず、マネージャーに読んでもらって暗記する、と聞いたときには、そんなことがあるのかと驚いた。 文字をすばやく、正しく、疲れずに読むことに困難のある人を言い、そのメカニズムは完全に解明されていないという。 この障害は