
『焼き芋とドーナツ』「わたし」でつながる女性史
初めてフェミニズムに触れたのは10代の頃、上野千鶴子氏の『セクシィ・ギャルの大研究』がきっかけだった。もちろん現在の岩波現代文庫版ではなく光文社のカッパ・サイエンス版で、タイトルだけ見てそそくさとレジに持って行ったのをおぼえている。 ところが読みはじめて面食らった。そこには10代男子が期待していたようなスケベな話は一切なく、むしろこちらのスケベな視線そのもの
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初めてフェミニズムに触れたのは10代の頃、上野千鶴子氏の『セクシィ・ギャルの大研究』がきっかけだった。もちろん現在の岩波現代文庫版ではなく光文社のカッパ・サイエンス版で、タイトルだけ見てそそくさとレジに持って行ったのをおぼえている。 ところが読みはじめて面食らった。そこには10代男子が期待していたようなスケベな話は一切なく、むしろこちらのスケベな視線そのもの

特攻兵士の遺書ほど読むのが辛いものはない。先日も海上自衛隊佐世保資料館を訪れた際に目にする機会があった。遺書は母親に宛てたもので、育ててくれたことへの感謝と立派に最期を遂げたいという覚悟が綴られていたが、「母様」という呼びかけに、そこに記すことのできない思いのすべてが込められているような気がして、胸が苦しくなった。 特攻は愚劣極まりない人命軽視の戦法である。

今やあまりお目にかかれない書籍が出た。本書は、2021年4月に出版された竹倉史人『土偶を読む』(晶文社)への反論本である。それも、明確な事実と論拠に基づいて真っ向からメッタ斬りにする、恐ろしく肝の据わった一冊だ。 まず、当時の『土偶を読む』現象をおさらいしよう。同書は刊行直後からNHKを中心とする各メディアで注目を集め、SNSでも紹介記事や書評が大きくバズり

一説によると人類は1万年以上前から酒を飲んでいたらしい。最も古いアルコール飲料はハチミツを主原料としたミードと呼ばれるものであったとも言われている。紀元前4000年ころには古代メソポタミアでビールが飲まれていたし、ワインは紀元前3000年頃から飲まれていた。人はかくも昔から酒を飲み酔っていたのだ。人が酒を飲む理由は様々だろうが、古代や中世の人々が酒を飲むのに

東京は広い。長いこと住んでいても、まだまだ知らない場所がたくさんある。 著者は東京品川区の戸越銀座で生まれ、現在もそこで暮らしている。著者の家は祖父の代からこの地で町工場を営んでいた。 戸越銀座は五反田から東急池上線なら二駅、都営浅草線なら一駅だ。戸越銀座も五反田もそれなりに知っているつもりでいたが、所詮それはピンポイントの知識に過ぎなかった。本書を読むまで

あつい。 この夏の「暑さ」に負けない「あつさ」を『昭和の参謀』は持っている。 444ページという新書には破格の「厚さ」、テーマにたいする著者の「熱さ」、そして、取材相手への真摯な「篤さ」、この3点を、読者は、じゅうぶんすぎるほど堪能できるにちがいない。 陸軍で、その名をとどろかせた7人の参謀(石原莞爾、服部卓四郎、辻政信、瀬島龍三、池田純久、堀栄三、八原博通

1945年8月9日、ソ連の対日戦参戦によって満州開拓団の日本人移民は祖国に捨てられた。日本に引き揚げるまでの悲惨な生活は、さまざまな小説や手記によって明らかにされてきた。だが、女性たちの経験を語ることはタブーとされてきた。 著者は中国残留孤児の取材中、ソ連兵が日本人女性を襲うという蛮行の裏に、日本人集団内の支配関係によって強いられた犠牲があったことを知る。開

ドードーという鳥を知っているだろうか。『アリスの不思議な旅』に出てきた変な鳥を思い浮かべる人、あるいは「ドラえもん」で絶滅鳥類として知った人もいると思う。鳥とは思えない太って滑稽な姿は一度見たら忘れられない。17世紀半ばにインド洋モーリシャス島で絶滅した飛べないハトの仲間である。 ある日著者はロンドン自然史博物館のサイトで「ドードーが日本に旅をしていた」とい

清酒発祥の地、奈良県に「風の森」という日本酒を醸す酒蔵がある。その名を油長酒造という。今年で創業300周年を迎えた酒蔵だ。300周年を記念して蔵元の山本長兵衛が日本酒と油長酒造の歴史、そして「風の森」の魅力を記した本を発売した。 コロナ禍になる前、私はイベントによく日本酒を持っていっていた。その時によく持っていっていた日本酒の一つが「風の森」だった。日本酒を

異質なものを掛け合わせると新しい何かが生まれることがある。「いちご大福」はその好例だ。では「戦争」と「バスタオル」はどうか。この異質な言葉を掛け合わせた先に現れるものは何だろう。 著者の安田浩一は長年、差別の現場を取材し、「ヘイトスピーチ」という言葉を世に広めるきっかけをつくった硬派のジャーナリスト。金井真紀は、抜群の観察力とユニークな視点で世界の多様性を伝

新刊が出たと聞けば、迷わず購入する著者がいる。内容を事前に確かめることはない。なぜならその人が書くものに期待を裏切られたことはこれまで一度もないからだ。 堀川惠子氏は、当代最高のノンフィクションの書き手のひとりである。著作はいずれも高い評価を受け、受賞歴も数知れない。本書も凄い本だった。すでに膨大な文献が世に出ている太平洋戦争について、これまでにない新しい視

チャールズ・ラング・フリーア。知る人ぞ知る世界有数の日本美術コレクターだ。大富豪ロックフェラーとならぶ美術蒐集家で、世界有数の東アジア美術を収蔵する美術館が彼の名を冠して建てられている。 なかでも日本美術への思い入れが強く、数多くの日本美術をあつめている。コレクションは遺言にもとづき米国連邦政府に寄贈され、今ではワシントンDCのフリーア美術館としてアジア文化

アバウトにしてアナーキー。ざっくりまとめるとこうなるのだろうか。なんだかやたらと凶暴でハードボイルドな室町時代。日本人は律儀で柔和などという言い方は絶対に通用しない。室町時代の後半は戦国時代だったから、というわけではない。武士たちだけでなく、農民や女性、僧侶までもがなんだか殺気立っているのだ。まずは『びわ湖無差別殺傷事件』から。 びわ湖がくびれていちばん細く

面白い本を読んでいると、きまって他の本も読みたくなってしまう。知的刺激を受けて脳が活性化するのかもしれない。「あの本にはたしか別の説が書いてあった」「あの著者も似たようなことを言っていた」といちいち確かめたくなる。 本書もそう。読み始めてすぐ、あまりの面白さに興奮を覚え、気がつけば本棚からありったけの縄文本をひっぱり出し、それらを時折参照しながら読みふけって

明治維新とはこんなヤンチャだったのか! 本書は従来型の明治維新史観をくつがえしてくれる。明治維新というと、日本が独自に近代化をはたした成功体験として語られるのが一般的だ。志や行動力で時代を切り開いていく若者たち、との司馬遼太郎史観ストーリーで描かれることが多い。著者はこれを「日本人を元気にする歴史観」といい、高度成長期の日本人に響いた歴史観だったと評する。

日本でもオーロラが見えていたことをご存じだろうか。しかも、直近では昭和33年、約60年前で、これは写真での記録もバッチリあるという。 この本は、タイトルこそ『日本に現れたオーロラの謎』だが、サブタイトルに「時空を超える」や「赤気」という言葉が入り、著者名も片岡「龍峰」さんで、とどめにカバーのイラストで、山から赤いオーラみたいなものが出ている。ぱっと見「スピリ

国道16号線は、神奈川県の三浦半島から千葉県の房総半島まで、首都圏を中心にぐるりと環状に結ぶ道路だ。 私が卒業した多摩美術大学は神奈川の橋本駅と東京の八王子駅の間の鑓水にある。16号線沿いで、養蚕が栄えた場所でもある。1960年代、学生運動が激しかった大学を都市部から引きはがす目的で東京の郊外へ移転させたと本書にはある。そのとき都心から通える距離として選ばれ

私たちの足下には歴史が埋まっている。 そのことを教えてくれたのが、小倉美惠子氏の傑作ノンフィクション 『オオカミの護符』 だった。 川崎市で古くから農業を営んできた小倉家の土蔵には、鋭い牙を持つ黒い獣が描かれた護符が貼られていた。祖父母が親しみを込めて「オイヌさま」と呼んでいた護符の謎を追ううちに、かつて農民たちの間で広く信仰されていた山岳信仰の世界が見えて

新田次郎の 『劒岳〈点の記〉』 は、日露戦争直後の1907(明治40)年、前人未到とされ、また決して登ってはいけない山と恐れられていた北アルプスの剱岳(標高2999m)の登頂に挑んだ測量官を描いた山岳小説の傑作である。 物語は、設立間もない日本山岳会との初登頂争いの形をとりながら進んで行く。 実際はこの登攀争いはフィクションらしいのだが、剱岳が当時、未踏峰と

終戦記念日も今年で75回目。既に歴史になりつつある第2次世界大戦だが、新たに明らかになる真実もある。 『証言 沖縄スパイ戦史』は新書で750ページという厚さに度肝を抜かれる。民間人を巻き込んでの激戦となった沖縄戦末期には少年たちも作戦に動員された。 「護郷隊」は陸軍中野学校出身の将校に組織されたゲリラ部隊だ。自宅の裏山で米軍と戦い、多くの少年が死んだ。生き残

高畠通敏の『地方の王国』といえば、地方政治研究の重要古典である。高畠は政治学者でありながらジャーナリストのように地方に足を運び、戦後の保守政治を支えた日本各地の保守王国の実態に迫るルポルタージュを書き上げた。 なぜ田中角栄は旧新潟3区で圧倒的な強さを誇ったのか。高畠はその要因の1つに「豪雪」を挙げる。日本海から吹く湿気を含んだ季節風は、三国山脈を越える前に3

著者太田牛一は長寿の人であった。名古屋市北区に生まれ、大阪市中央区で亡くなった。享年86。死因はインフルエンザをこじらせたためだといわれる。 と、今日の人のように書いたのは、その筆致がじつに現代的だからだ。もちろん原文はいわゆる古文なのだが、現代語訳すると論理的な構成になっていることに驚かされる。中川太古氏の現代語訳が素晴らしいということはいうまでもない。

知る人ぞ知るサイエンス系ノンフィクションの名手、サイモン・ウィンチェスターの新作ということで、すぐ手にとった。 2004年に邦訳が出た『クラカトアの大噴火』は450ページを超える大部だったが、貪るように読んだ記憶がある。19世紀末スマトラ島近くのクラカトア火山が大爆発を起こし吹き飛んだ事件だ。巨大な津波が3万人を超える人々を飲み込んだ。衝撃波は地球を4周する

ものすごい本だ。まずはページ数。索引と原注だけで141ページ。本文582ページ。重い。 次は帯。「核戦争なき平等化はありえるか?」という文章が美しい縦書きで書かれている。不意をつかれてギョッとする。横書きには第二次世界大戦、毛沢東の「大躍進」、欧州のペストという千万人単位が死亡した事件の結果として起こった平等化、生活向上、賃金上昇などの例を上げている。さらに

杉山隆男が自衛隊と職業人としての自衛官の取材を始めたのは1992年11月、40歳になる直前であった。それは、自衛隊初の海外活動であるペルシャ湾掃海の翌年、あいまいきわまりない「正当防衛」基準に悩みながら陸自施設部隊がカンボジアPKOに赴いたその年であった。自衛隊取材の当初、「さわり」だけと本人は謙遜するものの、過酷きわまりないレンジャー訓練にも参加したのだか

思い切って告白するのだが、私はこの本を泣きながら読んだ。はじめてこの本を読んだとき、書斎で嗚咽した。号泣しそうだったが家族をおどろかせるのをはばかって声を殺して泣いた。なみだが幾度も流れた。 8年後、この文庫の解説をひきうけて、再読した。たまたま九州の都井岬へ行く用があったので、バッグのなかに『今日われ生きてあり』を入れて出かけた。東京から小倉、宮崎を経て串

母は沖縄戦の体験者だった。このことが、ある意味ライフワークのように僕が沖縄にこだわる理由になったのだが、実のところ、母がその沖縄戦でどのような体験をしたのか、よくわからないままでいる。 沖縄戦について問うと、母は口を固く閉ざしてしまうからである。住人の4人に1人が亡くなった史上類例のない地上戦が展開された島には、その戦について語らない人たちが多い。「語らない

もうタイトルからして「なんじゃこりゃ」だが、読み終わっても「なんじゃこりゃ」である。でも面白いんだから書評するより仕方ない。本書(通称・まいボコ)を一言で説明するならば、明治時代、夏目漱石や森鴎外といった純文学作家の作品よりも人気を博した忘れ去られしエンタメ作品(著者は「明治娯楽物語」と呼ぶ)が多数存在し、それらをツッコミ入れつつざっくばらんに紹介しまくる本

本書の単行本が出版されたのは2006年の年末のことだ。出版社は、今は無き新人物往来社。当時、本屋をめぐって新刊を探していた時に、棚から私を誘ってきた本だった。 タイトルを見た瞬間に気持ちが鷲づかみにされた。「ツガルソトサングンシ」と読むこの文書の話を私が初めて聞いたのはずいぶん前のことだ。「青森の旧家から見つかった、大和朝廷に対抗した豪族の記録」で、当時から

朝刊を見る楽しみのひとつはサンヤツ広告である。一面のいちばん下にずらっと並んでいる本の広告のことで、3段分のスペースを8つに分けてあるからサンヤツだ。ある日、そこに『ウイリアム・ウイリス伝』があるのを発見して即刻購入した。ウイリス、どれくらいの知名度なのだろう。 吉村昭が高木兼寛を描いた『白い航跡』を読んだ人なら覚えておられるだろうか。高木は、西洋風の食事が

八甲田山雪中行軍遭難事故――日露戦争を前にした訓練で、厳冬期の青森県八甲田山麓に入った陸軍歩兵第五連隊が遭難。199人もの死者を出した、世界最大級の山岳遭難事故である。この事故が100年以上経つ現在も広く知られているのは、新田次郎の小説『八甲田山死の彷徨』によるところが大きい。 だが、それはあくまで「小説」であって、史実ばかりではない。実際の雪中行軍は、どの

久しぶりに出会った、上品にして趣深いエッセイとして読んでいる最中だ。読み終えるのがもったいないのだ。 全35章。3章ほどをゆっくりと読むために、わざと場所と時間を変えている。早朝のカフェでクロックムッシュと、午後はおにぎりをほおばりながら公園のベンチ、夜はウイスキー片手にベッドの中という具合だ。 広重の「東海道五十三次」をモチーフにしながら、おもに江戸の諸制

ここ数年、リカレント教育や「社会人の学び直し」という言葉を聞くことが増えてきた。文部科学省や厚生労働省が予算を付けはじめたことで、大学の公開講座や社会人向けの大学院も増えている。スキルアップや転職に備えて、最新のビジネス知識やテクノロジーを学び直すのが目的だろう。一方で、総合的な教養を学び直したいというニーズもあるようだ。 フェイスブックの投稿を見て、己の教

秋晴れの澄んだ青空に映えて、赤や黄色に色づいた木々の葉がまぶしい。小高い丘を登りきり、小さな盆地を見下ろす高台に建つ飾り気のないコンクリートの建物――それが、無言館だった。 先月、長野県上田市を訪れた私は、せっかく来たのだからと、ガイドブックに載っていたこの小さな美術館まで足をのばした。その受付で販売されていたのが、1992年に単行本として刊行され、今年にな

大阪を読み解くための最後のキーワードは、「馬」だと思う。生駒山の西側や淀川の岸辺には、渡来人が多く住み、牧を造り、馬を飼っていた。そんな大阪の馬飼いが、一度歴史的な大仕事をしたことがある。越(こし)の男大迹王(おおどのみこ)〔継体天皇〕を畿内に連れてきたのは大伴氏だが、渋る男大迹王を説得したのは、河内馬飼首荒籠(かわちのうまかいのおびとあらこ)だった。河内で

銭形平次、人形佐七、三河町の半七…テレビドラマや小説で人気の親分たち。近年では中村梅雀さん演じる黒門町の伝七がよかったなあ。かつて同じ伝七を演じて大ヒットを飛ばした父上・中村梅之助さんから、亡くなる直前に秘蔵の十手コレクションを託されていたとか。劇中で使われていたのがその十手なのかどうかは定かではないが、紫房の十手を大切に神棚に祀る姿は、亡き父上への敬意を胸

エバレット・ケネディ・ブラウン氏は、現代では極めて稀な湿板光画を使ったフォトジャーナリストである。湿板光画とはガラスに感光溶剤を塗布した板で写真を撮影する技法で、1850年代から普及し、乾板写真が発明される1870年代までの短い期間使われていた。日本にも、江戸幕末期の安政年間(1854-1860年)の初めに輸入され、墨絵のような表現力で味のある世界を数多く映

意表を突かれた。企画も内容も構成も、見事という他ない本だ。毎年、終戦の日にむけて様々な本が出版されるが、とりわけ異彩を放つ本である。本書を手にしてはじめて私は、「開戦を人々がどう受け止めたのか」という個々の情報が、ごっそり抜けおちていたことに気づいた。 ものすごく解放感がありました。パーッと天地が開けたほどの解放感でした。 (本書11頁、吉本隆明、原典:三交

いまから10数年前、私は東京・水道橋駅近くにあるライター・エディター養成学校の夜間コースで、年に何度か、講師の仕事をしていた。 ルポライターの大先輩にあたる鎌田慧さんからの依頼で、ノンフィクションの取材法と書き方をおしえていたのである。 ある年、非常に熱心な女性の受講生がいた。一見大学生かと思ったが、小さな貿易会社で働いており、ぜひ書きたいテーマがあるとの話

侍ブルーと一銭五厘。本書にあった言葉で私の印象に残ったのは、この二つだった。「サムライブルー」はサッカー日本代表のこと。「一銭五厘」は召集令状の葉書代のことで、兵隊の代わりなど葉書一枚で済むという意味がこめられている。書名にあるとおり、本書はわが国の武士の歴史をまとめるとともに、「武士道」などの精神史もたどっている本だ。 本書を読んだ直後にサッカーW杯を観て