ノンフィクションはこれを読め!

澤畑 塁

1978年生まれ。専門書出版社に勤務。営業職。大学では哲学を専攻していたものの、最近の読書はもっぱらサイエンス系。2021年よりスプラトゥーンにドハマリしていて、読書とレビューが疎かになりがち。なんだかもう人としてWIPEOUT。

(2024年当時)

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『世界から青空がなくなる日』 自然のコントロールをコントロールする 書影

生物・自然 / おすすめ本レビュー

『世界から青空がなくなる日』 自然のコントロールをコントロールする

アメリカのミシガン湖とデス・プレインズ川をつなぐシカゴ・サリタニー・シップ運河。およそ45kmにわたるその川の一画に、不穏な看板が掲げられている。「危険」、「この先、魚用の電気バリアあり。感電の危険大」。しかし、それほど危険な電気バリアがなぜ川に仕掛けられているのだろうか。 その理由は、わたしたちと自然の複雑な関係を象徴している。サリタニー・シップ運河がまだ

『宗教の起源──私たちにはなぜ〈神〉が必要だったのか』 ダンバー数、エンドルフィン、共同体の結束 書影

サイエンス / 生物・自然

『宗教の起源──私たちにはなぜ〈神〉が必要だったのか』 ダンバー数、エンドルフィン、共同体の結束

ロビン・ダンバーは、彼が提唱した「ダンバー数」とともに、その名が広く知られている研究者である。ダンバー数とは、ヒトが安定的に社会的関係を築ける人数のことであり、具体的には約150と見積もられている。ダンバーは、霊長類各種の脳の大きさ(とくに新皮質の大きさ)と集団サイズの間に相関関係があることを見てとり、ヒトの平均的な集団サイズとしてその数をはじき出したのであ

『なぜヴィーガンか?』 シンプルな論理とそれが人びとに与えた影響 書影

教養・雑学 / おすすめ本レビュー

『なぜヴィーガンか?』 シンプルな論理とそれが人びとに与えた影響

読むたびに思う。ピーター・シンガーの論理はシンプルで、それゆえに強力だ。シンガーの論理に異を唱えようとすると、その反論のほうが小手先の屁理屈のように聞こえてしまう場合も少なくない。そして、シンガーの論理は強力であると同時に、そこから帰結する内容が厳しくもある。シンガーの論理を反駁できないならば、またそれを頭で理解したならば、わたしたちは自らの生き方を変えなけ

科学はいまだに法律に導入されない 『人を動かすルールをつくる──行動法学の冒険』 書影

サイエンス / 社会

科学はいまだに法律に導入されない 『人を動かすルールをつくる──行動法学の冒険』

わたしたちは法律や条例などのルールに囲まれて生きている。そして、それらの多くがわたしたちを深刻な危害から守ってくれていることは間違いない。だがその一方で、何らかの理由でルールがうまく機能していない場合も少なくない。ほとんどのドライバーが守っていない、ある道路での速度制限。日々新たに報じられる、企業のコンプライアンス違反。では、そうした一部のルールがあまり守ら

『眠りつづける少女たち』 集団発生する〈謎の病〉の原因とは 書影

サイエンス / 医学・心理学

『眠りつづける少女たち』 集団発生する〈謎の病〉の原因とは

スウェーデンのある地域でのこと。小学校低学年から10代後半までの子どもたちに、〈謎の病〉が発生している。子どもたちは最初、不安になりふさぎ込む。そして徐々に引きこもりはじめ、口数が減っていき、そのうちまったく話さなくなる。最後にはベッドで寝たきりとなり、最悪の場合、食べもしなければ目も開かなくなってしまう。そうした子どもたちの数は、2015年から2016年の

『ザ・パターン・シーカー──自閉症がいかに人類の発明を促したか』 if-and-then思考とハイパー・システマイザー 書影

サイエンス / 医学・心理学

『ザ・パターン・シーカー──自閉症がいかに人類の発明を促したか』 if-and-then思考とハイパー・システマイザー

ネックレスや弓矢はけっして偶発的に出来るわけではない。それらを形にするためには、if-and-then思考が必要だ。「それぞれの貝殻に穴を開けて(if)、その穴に繊維を通せば(and)、ネックレスができる(then)」、「伸縮性のある繊維に矢を取り付けて(if)、繊維の張力を緩めれば(and)、矢が飛ぶ(then)」というように。それゆえ、およそ7万年前まで

うつ病やアルツハイマー病もそれと関係しているのか 『脳のなかの天使と刺客──心の健康を支配する免疫細胞』 書影

サイエンス / 医学・心理学

うつ病やアルツハイマー病もそれと関係しているのか 『脳のなかの天使と刺客──心の健康を支配する免疫細胞』

それは脳のなかの「天使」でありながら、ときには「刺客」へと変貌するという。本書の主人公は、非神経細胞のひとつである「ミクログリア」である。 つい最近まで、ミクログリアは脳のなかの端役にすぎないと考えられていた。脳内の情報伝達を担うニューロンや、そのつなぎ役を務めるシナプスといった綺羅星たちと比べると、それが果たす役割はごく些末なものだと考えられていたのである

友好的なのが何より大事 『ヒトは〈家畜化〉して進化した──私たちはなぜ寛容で残酷な生き物になったのか』 書影

サイエンス / 生物・自然

友好的なのが何より大事 『ヒトは〈家畜化〉して進化した──私たちはなぜ寛容で残酷な生き物になったのか』

協力的コミュニケーションのひとつに、指さしジェスチャーがある。わたしたち人間は何かを指さすことによって、「あれを見て」という自分の意図を他人に伝えることができる。至極簡単に思えるそのコミュニケーションも、しかしながら、ほかの動物にとってはことのほかむずかしいようだ。実際、ヘアらの実験によって、チンパンジーでさえも指さしを理解できないことが明らかになっている。

「意識=制御された幻覚」というアイデア 『なぜ私は私であるのか──神経科学が解き明かした意識の謎』 書影

サイエンス / 医学・心理学

「意識=制御された幻覚」というアイデア 『なぜ私は私であるのか──神経科学が解き明かした意識の謎』

科学にとって意識ほど難物なものはあるまい。赤いリンゴを見たときの、あの「赤い感じ」はどのようにして生じるのか。身体を所有し、自由意志によって行動をコントロールする、この「私」とは何なのか。意識のそうした主観的な性質は、客観的な記述を旨とする科学的説明を寄せつけないように思われる。 そのように、意識の科学の道のりはきわめて険しい。だが、この30年ほど、その科学

『ジェンダーと脳──性別を超える脳の多様性』 女性的な特徴と男性的な特徴が入り混じったモザイク 書影

サイエンス / 医学・心理学

『ジェンダーと脳──性別を超える脳の多様性』 女性的な特徴と男性的な特徴が入り混じったモザイク

「女性は親切で、コミュニケーション能力が高い。他方で、男性は攻撃的で、空間認識に長けている」。性差に関するそうした主張を、あなたもどこかで耳にしたことがあるだろう。さらにあなたは、そのような主張が展開されるなかで、「女脳」「男脳」といった言葉が使われているのを目にしたことがあるかもしれない。「女脳はコミュニケーションに関わる領域が大きく、男脳は空間認識能力が

間違いは学習の原動力である 『脳はこうして学ぶ──学習の神経科学と教育の未来』 書影

サイエンス / おすすめ本レビュー

間違いは学習の原動力である 『脳はこうして学ぶ──学習の神経科学と教育の未来』

わたしたちは多くのことを頭で学ぶ。すなわち、わたしたちの学習はおもに脳が担っている。しからば、脳がいかにして学ぶかを知れば、わたしたちの学習と教育についても重要な示唆が得られるのではないか。本書は、そんな着想を具体的な形にまとめた一書である。 著者のスタニスラス・ドゥアンヌは、フランスの著名な認知神経科学者である。これまでに 『意識と脳』 や 『数覚とは何か

『眠りがもたらす奇怪な出来事──脳と心の深淵に迫る』 夢遊運転病、セクソムニア、非24時間睡眠覚醒症候群 書影

サイエンス / 医学・心理学

『眠りがもたらす奇怪な出来事──脳と心の深淵に迫る』 夢遊運転病、セクソムニア、非24時間睡眠覚醒症候群

睡眠――。人生における多くの時間が費やされているにもかかわらず、それにはいまだ多くの謎が残されている。本書は、奇怪とも言える睡眠障害の症例を足掛かりとしながら、それらの謎に迫らんとする快著である。 著者のガイ・レシュジナーは、睡眠を専門とする高名な神経科医である。彼が勤務するロンドンの睡眠障害クリニックには、種々の問題を抱えた患者がイギリス中から集まってくる

なぜ彼女は逮捕され、自殺してしまったのか 『トーキング・トゥ・ストレンジャーズ──「よく知らない人」について私たちが知っておくべきこと』 書影

医学・心理学 / 教養・雑学

なぜ彼女は逮捕され、自殺してしまったのか 『トーキング・トゥ・ストレンジャーズ──「よく知らない人」について私たちが知っておくべきこと』

2015年7月、アメリカはテキサス州プレーリー・ビューでの出来事。車を運転していたサンドラ・ブランドという若い女性が、ひとりの警察官から停車を命じられた。彼女が車線変更をする際に方向指示器を出していなかったというのだ。──そう、たったそれだけのこと。でも、たったそれだけのことが、それから思いもよらない展開を引き起こす。ブランドはその場で逮捕され、3日後に独房

『ステレオタイプの科学』 色眼鏡で見られると本当にできなくなってしまう 書影

医学・心理学 / おすすめ本レビュー

『ステレオタイプの科学』 色眼鏡で見られると本当にできなくなってしまう

「女性は数字に弱い」「高齢者は記憶力がわるい」「日本人はアフリカ系の人に比べて身体能力で劣っている」。わたしたちはしばしば過度の一般化を行い、特定のステレオタイプをとおして周囲の人を眺めてしまう。そして、そうしたステレオタイプがときとして深刻な偏見や差別を生み出してしまうことは、多くの人が知っているとおりである。 だが、ステレオタイプがもたらす悪影響はどうや

『最期の言葉の村へ──消滅危機言語タヤップを話す人々との30年』 言語とともに消え去っていくものたち 書影

民俗・風俗 / 世界史

『最期の言葉の村へ──消滅危機言語タヤップを話す人々との30年』 言語とともに消え去っていくものたち

タヤップ語。それは、パプアニューギニアの熱帯雨林の奥深くにある小さな村で話されている言語である。そして、その言語はいままさにこの世界から消え去ろうとしている。 「言語はなぜ消滅してしまうのか」。1980年代、当時大学院生だった本書の著者は、その謎を明らかにしたいと切望し、単身で熱帯雨林の奥地に潜り込む。当時、どんな地図にも載っておらず、そこを訪れた白人もほと

『反穀物の人類史──国家誕生のディープヒストリー』 農業の優越性という神話、国家の形成をめぐるパラドックス 書影

世界史 / おすすめ本レビュー

『反穀物の人類史──国家誕生のディープヒストリー』 農業の優越性という神話、国家の形成をめぐるパラドックス

いまからおよそ1万年前、人類は農業を発明した。農業が生まれると、人びとは必要な栄養を効率的に摂取できるようになり、移動性の狩猟採集生活から脱して、好適地に定住するようになった。そして、一部の集住地域では文明が興り、さらには、生産物の余剰を背景にして国家が形成された──。おそらくあなたもそんなストーリーを耳にし、学んだことがあるだろう。 しかし、かくも行き渡っ

『事実はなぜ人の意見を変えられないのか』 不都合な真実から目を背ける人たち 書影

サイエンス / 医学・心理学

『事実はなぜ人の意見を変えられないのか』 不都合な真実から目を背ける人たち

具体的な数字やデータを示してもダメ。明晰な論理で説いてもムダ。そんなとき、あなたはきっとこう思ってしまうのではないか。「事実はなぜ人の意見を変えられないのか」。 実際問題、日々の生活でそんな思いを抱いてしまう場面は少なくないだろう。失敗例がすでにいくつもあるのに、それでもまだ無理筋を通そうとする社内のプレゼンター。子育てのあり方をめぐって、何を言っても聞く耳

『恐竜の世界史──負け犬が覇者となり、絶滅するまで』 失われた世界の新たな歴史 書影

サイエンス / 生物・自然

『恐竜の世界史──負け犬が覇者となり、絶滅するまで』 失われた世界の新たな歴史

そこに描かれている恐竜の姿に圧倒されつつ、胸をワクワクさせてページを繰った子どもの頃。そのワクワク感を思い起こさせてくれるような快著である。 2010年代に描かれる恐竜は、かつてわたしたちが見聞きした恐竜とはまるで異なっている。というのも、恐竜にまつわる研究がこの20年ほどで著しく進展し、恐竜のイメージが大きく書き換えられたからだ。驚くなかれ、たとえば新種の

『「うつ」は炎症で起きる』 「それは体の問題」という新たな視点 書影

サイエンス / 医学・心理学

『「うつ」は炎症で起きる』 「それは体の問題」という新たな視点

若い医師はあるとき、リウマチ性関節炎と診断されていた女性患者がうつ病をも患っていることに気づいた。そのささやかな発見に気をよくした彼は、上機嫌で先輩医師にその旨を伝える。だが、先輩医師から返ってきた反応はきわめて淡白なものであった。「うつ病? そりゃ、君だってそうなるだろうよ」。 以上は、本書の著者エドワード・ブルモアが内科の研修医時代に実際に経験したことで

『地球外生命と人類の未来──人新世の宇宙生物学』 地球外文明を探すことでわれわれ自身を救え 書影

サイエンス / おすすめ本レビュー

『地球外生命と人類の未来──人新世の宇宙生物学』 地球外文明を探すことでわれわれ自身を救え

あまりにもぶっ飛んだ発想だと思われるかもしれない。でも同時に、それが示す可能性に胸を踊らせずにはいられないのではないか。なんてたって、地球外文明の痕跡を探すことによって、わたしたち人類が地球温暖化や気候変動を生き抜くための方途を見つけ出そうというのだから。 最初に断っておくと、本書はけっして「あっち系」の本ではない。著者のアダム・フランクは、アメリカのロチェ

『<効果的な利他主義>宣言!──慈善活動への科学的アプローチ』 どうせよいことをするなら、最高によいことをしよう 書影

サイエンス / 社会

『<効果的な利他主義>宣言!──慈善活動への科学的アプローチ』 どうせよいことをするなら、最高によいことをしよう

近年、欧米の若い人たちの間で、とりわけミレニアル世代の抜群に頭のいい人たちの間で、寄付と慈善活動に関するひとつの運動が盛り上がりをみせている。運動の象徴ともいえるピーター・シンガーだけでなく、スティーブン・ピンカーなどの著名な論者も支持の声を上げているので、あなたもその運動について耳にしたことがあるかもしれない。それは、「効果的な利他主義(effective

『10億分の1を乗りこえた少年と科学者たち』 世界初のパーソナルゲノム医療はいかに実現したか 書影

サイエンス / 医学・心理学

『10億分の1を乗りこえた少年と科学者たち』 世界初のパーソナルゲノム医療はいかに実現したか

2003年、ヒトゲノムの解読が完了し、科学は歴史的な一歩を踏み出した。それから6年後の2009年、今度は医療において大きな一歩が踏み出される。患者個人のゲノムを解析し、その結果にもとづいて診断・治療を行うという「パーソナルゲノム医療」が産声を上げたのだ。本書は、医師と研究者、そして患者と家族に焦点を当てながら、その新たな医療が生まれるまでを描いたドキュメンタ

『生存する意識──植物状態の患者と対話する』 グレイ・ゾーンに閉じ込められた意識と、それを発見し、それと意思疎通する科学 書影

サイエンス / 医学・心理学

『生存する意識──植物状態の患者と対話する』 グレイ・ゾーンに閉じ込められた意識と、それを発見し、それと意思疎通する科学

植物状態と診断されながらも、じつは意識がある人たち。そうと示すことがまったくできなくても、たしかな認識能力を持ち、どうしようもない孤立感や痛みを感じている人たち。そうした人たちが置かれている状況を想像し、悪夢とも思えるその可能性に身震いしてしまった経験が、おそらくあなたにもあるのではないだろうか。だが現在の科学は、その可能性を前にしてただ震えているばかりでは

『わたしは不思議の環』 あるいはゲーデルの渦、シンボルのダンス、自己増強する錯覚 書影

サイエンス / 医学・心理学

『わたしは不思議の環』 あるいはゲーデルの渦、シンボルのダンス、自己増強する錯覚

わたしたちが最もよく知っているものでありながら、それが結局何なのかはまるでわからないもの──そう、それが「私」である。「私」とはいったい何であるのか。また、わたしの脳からどうやって「私」が生じてくるのか。本書は、その難問に認知科学者のダグラス・ホフスタッターが挑んだものである。 ホフスタッターといえば、その前著 『ゲーデル、エッシャー、バッハ』 があまりにも

『馬・車輪・言語』 ステップを駆けたライダーたちがこの世界にもたらしたもの 書影

世界史 / おすすめ本レビュー

『馬・車輪・言語』 ステップを駆けたライダーたちがこの世界にもたらしたもの

複数の角度から証拠となるものを収集し、それらを慎重かつ巧妙に組み合わせながら、歴史の大きなうねりを炙り出していく。研究の醍醐味、そして読書の醍醐味をこれほど堪能させてくれる本はそうないだろう。 本書の主題は、インド・ヨーロッパ語族の拡散だ。英語、スペイン語、フランス語、ドイツ語。そして北欧や東欧の諸言語に、ウクライナ語、ロシア語、ギリシャ語。さらにはペルシャ

『反共感論──社会はいかに判断を誤るか』 スポットライトに照らされる人たちとそうでない人たち 書影

医学・心理学 / 社会

『反共感論──社会はいかに判断を誤るか』 スポットライトに照らされる人たちとそうでない人たち

1987年、アメリカのテキサス州でわずか1歳半の女の子が井戸に落ちてしまった。女の子の名前はジェシカ・マクローア。ジェシカの体は井戸の枠に引っかかってしまい、大規模な救出活動が繰り広げられるものの、なかなか抜けない。ああ、可哀想なジェシカ。救出活動はテレビなどでも盛んに報道され、アメリカの多くの人たちがその動向に釘付けとなった。そして58時間後、ようやくジェ

『私はすでに死んでいる──ゆがんだ〈自己〉を生みだす脳』 「自己」という感覚を脳はどのように構築しているのか 書影

サイエンス / 医学・心理学

『私はすでに死んでいる──ゆがんだ〈自己〉を生みだす脳』 「自己」という感覚を脳はどのように構築しているのか

「私はもう死んでいる」(コタール症候群)、「この足は断じて自分の足ではない」(身体完全同一性障害)、「目の前にもうひとりの自分が立っていた」(ドッペルゲンガー)──わたしたちが「自己」と呼んでいるものに歪みを生じさせるような、驚くべき症例と経験の数々。本書は、それらの症例と経験を手がかりとしながら、「自己とは何か」という大問題に迫る挑戦的な一書である。 挑戦

『PRE-SUASION: 影響力と説得のための革命的瞬間』 説得上手な人たちは事前に何をしているのか 書影

医学・心理学 / おすすめ本レビュー

『PRE-SUASION: 影響力と説得のための革命的瞬間』 説得上手な人たちは事前に何をしているのか

ひとつ考えてみてほしい。あなたはショッピングモールの一角で、そこを行く人々にアンケート調査への協力を求めている。でも、わざわざ時間を割いて調査に協力してくれる人はごくわずかだ。では、もっと多くの人に協力してもらうためには、あなたは彼らにどういうふうに声をかけたらよいだろうか。 本書は、社会心理学者のロバート・チャルディーニによる単著で、あのベストセラー 『影

『サルは大西洋を渡った──奇跡的な航海が生んだ進化史』 大海原という障壁を越えて進出する生物たち 書影

サイエンス / 生物・自然

『サルは大西洋を渡った──奇跡的な航海が生んだ進化史』 大海原という障壁を越えて進出する生物たち

「ありそうもないこと、稀有なこと、不可思議なこと、奇跡的なこと」。生物地理学者のギャレス・ネルソンはかつてそんな言葉でそれを嘲笑したという。だが実際には、どうやらそれは生物の歴史において何度も生じていたようだ。それというのは、生物たちによる長距離に及ぶ「海越え」である。 本書が挑んでいる問題は、世界における生物の不連続分布である。世界地図と各地に生息する生物

『幻の惑星ヴァルカン』 それはいかにして「発見」され、いかにして葬り去られたのか 書影

サイエンス / おすすめ本レビュー

『幻の惑星ヴァルカン』 それはいかにして「発見」され、いかにして葬り去られたのか

水・金・地・火・木・土・天・海・冥。かつてそう教えられた太陽系惑星のなかから、2006年に冥王星が除外されたことは記憶に新しい。だがじつは、19世紀後半にはそれら惑星候補のなかにもうひとつ別の名前が挙げられていた。本書の主役は、その幻の惑星たる「ヴァルカン」である。 ヴァルカンはその生い立ちからして冥王星とは異なっている。というのも、そもそもそんな星は存在す

『心の進化をさぐる──はじめての霊長類学』 言語と記憶のトレードオフ、そして「想像するちから」 書影

生物・自然 / おすすめ本レビュー

『心の進化をさぐる──はじめての霊長類学』 言語と記憶のトレードオフ、そして「想像するちから」

人間を人間たらしめているのは何か。古来より繰り返されてきたその問いに、豊富な実験と観察を重ねながら、とりわけユニークな回答を与えようとしている研究者がいる。本書の著者、松沢哲郎がその人である。 著者の名前については多くの人が耳にしたことがあるだろう。1977年からチンパンジーのアイらと行っている研究(アイ・プロジェクト)でも知られる、日本と世界を代表する霊長

『予期せぬ瞬間 医療の不完全さは乗り越えられるか』 医者と医療にまつわる不完全と不可解と不確実 書影

医学・心理学 / おすすめ本レビュー

『予期せぬ瞬間 医療の不完全さは乗り越えられるか』 医者と医療にまつわる不完全と不可解と不確実

医者はどうしてミスから逃れられないのか。医療には未知や不確実なことがどれほどあって、医者や患者はそれらにどう対処したらよいのか。本書は、そんな問題をテーマとした、アトゥール・ガワンデのデビュー作である。 ガワンデは、現役の外科医であると同時に、雑誌『ニューヨーカー』にも寄稿する文筆家である。その最新作 『死すべき定め――死にゆく人に何ができるか』 が大ヒット

『健康格差 不平等な世界への挑戦』 Fair society, healthy lives. 書影

医学・心理学 / 社会

『健康格差 不平等な世界への挑戦』 Fair society, healthy lives.

スコットランドのグラスゴーの話。その市のなかの、たった数キロしか離れていないふたつの地区は、驚くべき対照を見せている。一方のレンジーは高級住宅街であるのに対して、他方のカルトンは指折りの貧困地区。ただし、両地区の違いはそれだけではない。1998年から2002年の数字で、レンジーの男性の平均寿命は82歳であったのに対して、カルトンのそれは54歳であった。その差

『動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか』 進化認知学、そして「唯一無二の人間」という見方からの脱却 書影

生物・自然 / おすすめ本レビュー

『動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか』 進化認知学、そして「唯一無二の人間」という見方からの脱却

「動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか」。ずいぶん挑戦的な問いかけであるが、本書の内容もそれに負けず劣らず挑戦的である。 フランス・ドゥ・ヴァールは、ベストセラー 『チンパンジーの政治学 』といった著書もある、世界的に著名な霊長類学者である。そんな彼が本書で試みていることはおもにふたつある。ひとつは、彼の提唱する「進化認知学」というアプローチを明らかにするこ

『世界からバナナがなくなるまえに 食糧危機に立ち向かう科学者たち』 ロペスのハチ、チョコレート・テロ、現代版ノアの箱舟 書影

サイエンス / 生物・自然

『世界からバナナがなくなるまえに 食糧危機に立ち向かう科学者たち』 ロペスのハチ、チョコレート・テロ、現代版ノアの箱舟

バナナがなくなってしまうだって!? 多くの人にとっては寝耳に水であろうが、しかしこの話、けっしてありえないことではないようである。 現在、人々が口にしているバナナは、その大半が単一の品種、すなわちキャベンディッシュバナナである。そしてそのバナナには、遺伝的な多様性がまったくない。というのも、キャベンディッシュは種子がなく、株分け(新芽を移植すること)をとおし

歴史的偉業を世界に知らしめよ 『ライト兄弟 イノベーション・マインドの力』 書影

サイエンス / 人物

歴史的偉業を世界に知らしめよ 『ライト兄弟 イノベーション・マインドの力』

「全米ベストセラー」だという。ときとしてあまりにも軽く使われてしまうこの宣伝文句であるが、しかし、この本に関してはその言葉に嘘偽りはないようだ。 原書は2015年5月に刊行され、5月下旬から7月上旬の7週に渡ってニューヨーク・タイムズのベストセラーリスト(ノンフィクション部門)の1位を記録。また本邦訳書の刊行時点で、 Amazon.comの書誌ページ には5

『働きたくないイタチと言葉がわかるロボット』 「言葉が分かるとはどういうことか」を人工知能から考える 書影

サイエンス / おすすめ本レビュー

『働きたくないイタチと言葉がわかるロボット』 「言葉が分かるとはどういうことか」を人工知能から考える

なんという僥倖だろう。この人の新作をこんなにも早く目にすることができるなんて。しかも、今回の作品もこんなにも個性的で、こんなにも心地よいものであるなんて。 ご存知でない方のためにまず説明しておこう。著者の川添愛は、 『白と黒のとびら』 『精霊の箱』 というふたつの作品で熱狂的なファンを生み出した言語学者である。ふたつの作品は、「オートマトンと形式言語」「チュ

自閉症は増えているのか? 『自閉症の世界 多様性に満ちた内面の真実』 書影

医学・心理学 / おすすめ本レビュー

自閉症は増えているのか? 『自閉症の世界 多様性に満ちた内面の真実』

ひとつの「謎」から話を始めよう。1970年代まで、アメリカにおける自閉症の推定有病率は数千人に1人であった。ところが、1980年代以降にその数は急増し、2010年のアメリカではおよそ68人に1人が自閉症(正確には自閉症スペクトラム障害)だと推計されている。この40年でその数は数十倍に膨らんでいるが、では、その「増加」はいったい何を意味するのだろうか。 じつは

『われらの子ども 米国における機会格差の拡大』 危機にあるアメリカン・ドリーム 書影

社会 / おすすめ本レビュー

『われらの子ども 米国における機会格差の拡大』 危機にあるアメリカン・ドリーム

アメリカン・ドリーム。それは、大志を抱く者が自らの実力ひとつでのしあがっていくサクセス・ストーリーである。しかしじつは、そんなアメリカン・ドリームがいま危機に陥っているのだという。どうしてだろうか。 それは、ひと言でいえば、現在のアメリカでは機会の階層間格差が極端に大きくなっているからである。一方で、裕福で教育水準の高い家庭の子どもには、進学や就職における多

細胞レベルから健康になる 『テロメア・エフェクト 健康長寿のための最強プログラム』 書影

医学・心理学 / おすすめ本レビュー

細胞レベルから健康になる 『テロメア・エフェクト 健康長寿のための最強プログラム』

「同じ年齢なのにどうしてこうも違うのか」と思うことが少なくない。たとえば同じ60歳でも、Aさんは背筋がピンとしていて、肌には張りがあり、病気などどこ吹く風。それに対してBさんは、腰が曲がっていて、肌にはシミやたるみが目立ち、多くの慢性的な疾患に悩まされている。では、AさんとBさんはどうしてそれほど違っているのだろう。 ふたりの違いに大きく関係しているのが、「