『絶海 英国船ウェイジャー号の地獄』上半期もっとも興奮したノンフィクション。
1793年にグレートブリテン王国(イギリス)とスペインとの間に「ジェンキンスの耳戦争」という海上の覇権を争う戦争が勃発した。ローバート・ジェンキンスという商船の船長がスペイン当局に拿捕され耳を切り落とされるという事件への報復という名目で、イギリス側が宣戦布告したためにこのような名前で呼ばれるようになった戦争だ。 この戦争はやがてオーストリア継承戦争にまで拡大
(2024年当時)
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1793年にグレートブリテン王国(イギリス)とスペインとの間に「ジェンキンスの耳戦争」という海上の覇権を争う戦争が勃発した。ローバート・ジェンキンスという商船の船長がスペイン当局に拿捕され耳を切り落とされるという事件への報復という名目で、イギリス側が宣戦布告したためにこのような名前で呼ばれるようになった戦争だ。 この戦争はやがてオーストリア継承戦争にまで拡大

皆さんはコミュ力に自信がおありだろうか?もしそれほど自信がないのであれば、本書の冒頭に記されている言葉はかなり衝撃的なはずだ。本書はこのような書き出しから始まる。 あなたの言葉が伝わらないのは、あなたに人としての“魅力”が欠けているからである。 どうであろうか。バットか何かでぶん殴られたような衝撃を受けないだろうか?かく言う私もコミュ力が低いことを自認してい

大英帝国の力がシーパワーに支えられていたとするならば、アメリカの覇権はそれに加えてエアパワーに支えられている。このエアパワーを支える存在のひとつが米空軍特殊部隊CCT(戦闘管制員)である。米軍の特殊部隊といえば陸軍のデルタフォースと海軍のネイビーシールズが特に有名であろう。これらの組織はハリウッド映画などを始め様々な娯楽作品にも登場している。しかし、本書の著

本書に記載されている調査によると、現在アメリカ国内で活動中の連続殺人犯の数は2000人ほどだという。その多くは孤立者でもなければ社会ののけ者でもない。彼らはごく普通の社会生活を営み、友好的な隣人として振る舞うすべを知っている。一方で自分の行動が倒錯したものであることは理解しており、しばらくの間は犯行を止めることができるのだが、やがて殺しの衝動が逮捕へ恐怖を凌

前作『モサド・ファイル』でイスラエル建国以来、同国の「諜報機関モサド」が行ってきた秘密作戦の全貌を明らかにしたマイケル・バー=ゾウハーとニシム・ミシャルのコンビの新刊だ。今回はモサドの諜報員として活躍した女性工作員に焦点を当ててモサドの歴史を浮き彫りにしている。女性工作員というと色仕掛けによる「ハニートラップ」をすぐにイメージされる方も多いと思うが、モサドで

1680年4月5日の夜明け、イギリス人を中心とした331人のバッカニアが遠征の途に就いた。この遠征は現在のパナマ領内に横たわるダリエン地峡を大西洋側から徒歩で越え、太平洋側のスペイン植民地を襲撃するという、途方もなく野心的な試みであった。彼らの行く手にはこれまで何度もヨーロッパ人を拒み続けてきた鬱蒼としたジャングルと連なる山々が待ち構えているのだ。 この遠征

独裁者アドルフ・ヒトラーが建設したベルリンの総統官邸の中庭には2体の巨大な馬のブロンズ像が立っていた。1体はちょうどヒトラーの執務室の前に飾られており、ヒトラーがその馬の像を眺めながら日々の執務をこなしていたことは間違いないであろう。作者はヨーゼフ・トーラックといいヒトラーお気に入りの芸術家でナチスの庇護のもとで名声を博していた。このほかにも官邸入り口にはア

一説によると人類は1万年以上前から酒を飲んでいたらしい。最も古いアルコール飲料はハチミツを主原料としたミードと呼ばれるものであったとも言われている。紀元前4000年ころには古代メソポタミアでビールが飲まれていたし、ワインは紀元前3000年頃から飲まれていた。人はかくも昔から酒を飲み酔っていたのだ。人が酒を飲む理由は様々だろうが、古代や中世の人々が酒を飲むのに

膨大な死傷者を出しつつウクライナで存在感を示したPMC(民間軍事会社)ワグネル。プーチンの秘密の軍隊ともいわれ、2014年のウクライナ紛争やシリア内戦でも暗躍していたことが知られている。一方で2022年のウクライナ侵攻以前はその存在をロシア政府から公式に認められていなかった。それもそのはずで、ロシアでは法律により傭兵家業が禁止されているはずなのだ。著者マラー

2022年2月24日に開始されたロシアによるウクライナへの全面侵攻は世界を震撼させた。侵攻以前からロシアはウクライナ国境付近に軍を集結させていたが、本当に軍事作戦に踏み切るのか、それともただの脅しなのか、様々な情報が錯綜していた。世界の耳目を集めていた案件だけに、いざ侵攻が始まると既存のメディアはもとよりSNSなどでもロシア軍の動きは逐一報じられ、次々と現地

世の中では厳しい言葉が飛び交っている。特にSNSを中心に政治問題や社会制度のあり方を巡り攻撃的な言葉の応酬が日常的に繰り返されている。だが、多くの人が承知しているように、これらの言葉の応酬で何か建設的な議論が生まれることも価値のあるコンセンサスが生まれることもない。ほとんどの場合、相手への敵がい心をむき出しにして、石つぶてのような硬い言葉をぶつけ合い、お互い

医者という職業は私たちの身近に存在する。多くの人が何度となく医療機関を受診した経験があるだろう。しかし本書の著者であるリチャード・シェパードは私たちが想像する医者とは少し異なる。彼の患者は死者だ。リチャード・シェパードはイギリスの高名な法病理学者なのだ。不幸な事故や事件に巻き込まれた人々の遺体を解剖し、なぜ被害者が死に至ったのかを突きとめるのが彼の仕事だ。彼

ロシアのウクライナ侵攻により核戦争の脅威が現実味を持って語られるようになっている。こうした緊張感のある状態は東西冷戦以来であろう。実は冷戦を生み出すにいたる、核の軍事バランスを作りだすのに、大きな役割を果たした一人の主婦がいたことはあまり知られていない。彼女のコードネームはソーニャ。三人の子供の母であり、妻であり、ソ連軍情報部(GRU)の将校であり、腕利きの

読み始めてすぐ意外な記述を目にした。イスラム主義組織、タリバンの創設者であるムハンマド・ウマルの演説、それも彼が国際テロ組織、アルカイダを率いたウサマ・ビンラディンに騙され大量殺戮に加担したことを懺悔する演説の録音があるというのだ。さらに意外なのは、ウマルがアフガニスタンの社会を正し平和を求めて立ち上がった人物だった、という評価だ。ウマルは日本では多くのテロ

本書の著者、ダニエル・リーは第2次世界大戦を専門とする歴史家で、ユダヤ系英国人でもある。あるとき彼に依頼が舞い込んだ。依頼主はヴェロニカという女性だ。彼女の母が故郷のチェコで購入したアームチェアを修理に出した際、座面の中からナチスに関する書類が出てきたという。依頼は、なぜそんな物が椅子の中に隠されていたのかを調査してほしいというものだった。 書類は1933〜

近年、映画や書籍で、「ネイビーシールズ」を目にすることが増えた。現実に存在する米海軍の特殊部隊で、例えば、イスラム過激派テロリストのウサーマ・ビン・ラーディン殺害作戦はこの部隊によるものだった。 本書の著者ウィリアム・H・マクレイヴンは、何を隠そう、ビン・ラーディンを捕縛・殺害するための「ネプチューンの三叉矛」作戦で司令官を務めた男である。また、イラクの独裁

北海道旭川市の中学校に通っていた廣瀬爽彩(さあや)さんは、2021年2月13日夕方に失踪し、38日後に市内の公園で雪の中に埋もれ亡くなっているのを発見された。享年14、早すぎる死だ。 彼女は中学校に進学した19年からイジメを受けており、PTSDに悩まされていたという。彼女の身に何が起きたのか。文春オンライン特集班が一連の事件を取材、公開した記事に加筆修正のう

本書は米国における今世紀最初の「シリアルキラー」による連続殺人事件を追ったノンフィクションだ。その事件は、1件の殺人を除いてすべてが未解決に終わるという、FBI(米連邦捜査局)にとって不名誉なものでもあった。 発端となったのはサマンサ・コーニグ誘拐殺害事件。2012年2月1日の夜、アラスカ州のアンカレッジという小さな町のコーヒースタンドでアルバイトをしていた

帰還兵、復員軍人の精神面の問題は古くて新しいテーマだ。戦中、戦後は日本でも問題視されたし、現代ではイラクに派遣された自衛官の中にもPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症し苦しんでいる人たちがいる。 9.11米国同時多発テロ事件以降、10年以上にわたりアフガニスタン、イラクとの非対称戦争を行ってきた米国には、かなりの数の帰還兵、復員軍人が存在する。そして彼ら

ノンフィクション作家の溝口敦といえば、暴力団(ヤクザ)関連を中心に多くの著作を持つ、この分野では有名な書き手だ。『五代目山口組』の出版をめぐるトラブルから山口組関係者に背中を刺されるなど、危険な目にもあってきた。山口組を50年間ウォッチし続けてきた男なのだからさぞ任侠の世界に興味があったのだろうと思いきや、学生時代はヤクザにまったく関心がなかったという。 就

本書の著者でジャーナリストのスザンナ・キャハランは、突然、抑うつ状態におちいった。次に精神病症状が現れ、幻覚を見るようにもなる。症状は悪化していき医療担当チームは彼女を統合失調症と診断、「精神科病院への移送」を検討した。 しかし、それは誤診だった。彼女は自己免疫性脳炎という病を患っていたのだ。ある神経科医が気づかなければ、重度の統合失調症患者として効果のない

「今の仕事をこのまま続けるつもり?」。妻のその一言で人生が思わぬ方向へと動いた男のエッセイだ。 なるほど、妻にここまで言わせるとは、この男、芽の出ないアーティストか何かだろうか。そう思う人も多いかもしれない。しかしそうではない。著者の吉田亮人は小学校の教諭だった。安定した人生が約束された公務員だ。 著者と同じく教師をしている妻は畳み掛けるように言う。「つまん

われわれ人類の平均寿命は延び続け、死亡率は低下し続けている。それは、先進国と発展途上国の別なく起きている。当然、喜ぶべき事象だ。 しかし、近年、米国の大卒未満の白人の間には、この世界的な潮流とは逆の傾向が見られる。労働階層の白人たちの平均余命は短くなり、死亡率が上がっているのだ。1990年代末頃から、とくに45〜55歳の低学歴中年白人の死亡率は年々高くなって

羊といえば、なにを思い浮かべるだろうか。私の場合は、チェスターコートやメリノウールのセーターなど、ふだん愛用している衣類だ。浅はかながら、それ以外に思いつくことがなかった。本書では、羊と人間との思いもよらぬ関係が語りつくされている。文化、貿易、軍事など多くの面で、羊は人類の歴史に影響を与えてきたのである。 例えば、撥水性のある羊毛はモンゴルの遊牧民の移動式住

2018年、イングランドのソールズベリーでセルゲイ・スクリパリと娘のユリアを標的とする毒物暗殺未遂事件が起きた。セルゲイは元ロシア軍大佐で英国の対外諜報機関MI6に情報を提供していた人物だ。ロシアで逮捕された後、スパイ交換により英国に亡命していた。 事件はロシアのプーチン大統領の指示によりFSB(ロシア連邦保安庁)が実行したもので、当然、英国の主権を侵害して

地下愛好家という人々がいるらしい。皆が寝静まった真夜中に都市の下水溝や地下鉄のトンネルに忍び込み、日常では味わうことのできない感覚を求める人々だ。 本書の著者、ウィル・ハントもそんな地下愛好家の1人だ。きっかけとなったのは、16歳のとき、近所の廃棄されたトンネルに潜り込んだ際に見た光景だ。トンネルの奥深く、何者かが作ったバケツの祭壇に天井から染み出た水が滴り

2017年から香港特別行政区行政長官選挙を普通選挙で行うという約束を、14年に中国政府が反故にしたことに反発する市民らが行った抗議活動、「雨傘運動」は、日本でも大きなニュースになった。この運動で中心的な役割を果たした組織が「学民思潮」だ。本書はこの学民思潮のリーダーのひとり、ジョシュア・ウォン(黄之鋒)による著作だ。 彼の政治活動は14歳にして始まる。香港政

スパイ小説といえば007シリーズの作者イアン・フレミングや、ジョン・ル・カレといった英国の作家の名が頭に浮かぶ。「やはり、スパイ小説は英国に限る」と通ぶってみたくなるが、実は、ノンフィクションの世界にも同じようにスパイ分野の第一人者といえる作家がいる。 その一人が、本書の著者ベン・マッキンタイアーだ。代表作には、第2次世界大戦中の対ナチス諜報を描く『ナチが愛

元海上自衛隊の特殊部隊「特別警備隊」の創設者のひとりで先任小隊長を務めていた伊藤祐靖氏が書いた小説だ。ノンフィクション書評サイトのHONZでは基本的には小説を扱わない。しかし、この小説はフィクションとは思えないほどリアルに安全保障問題の欠点を浮き彫りにしている。ゆえに敢えてレビューを書くことにする。 本作のストーリーなのだが、北朝鮮でクーデターが発生。事態に

アリー・ハッサン・サラメ。テログループ「黒い九月」のメンバーで、1972年にイスラエル選手団が殺害されたミュンヘンオリンピック事件の中心人物とされる。黒い九月の解散後はパレスチナ解放機構(PLO)の幹部として活動。米中央情報局(CIA)とPLO議長アラファートの情報交換ルートとして機能した人物だ。 79年、サラメがベイルートにある自宅から20メートルほどの地

2007年、シリアの砂漠地帯で密かに建設されていたアルキバール原子炉を、イスラエルが空爆した。イスラエル政府がこの攻撃を公式に認めたのは18年になってからだ。本書は、秘密裏に行われ、その後もイスラエルが黙秘してきた原子炉攻撃の全貌と、その意思決定プロセスに迫ったノンフィクションだ。 遠い中東の話だが、私たちにも深く関わる問題だ。なぜなら、シリアの核開発に関与

1958年から61年まで続いた大躍進政策の失敗により、中国は数千万人の死者を出す。この政策で中国の経済は破壊され、農村部は崩壊してしまう。農民たちは飢え・過労と地方の共産党幹部の暴力に苦しみながら命を落としていった。この未曾有の失政により、毛沢東の権威は失墜するのである。 国家的な危機を受けて行われた「七千人大会」で劉少奇や彭真、彭徳懐らをはじめとする多くの

本書は62歳で「住所不定無職」の新人作家として鮮烈なデビューを果たした作家、赤松利市が経験した、東日本大震災の復興事業に関するルポルタージュだ。 著者、赤松は35歳で起業し、一時は年収2000万円を超えていた。しかし、ある事情により会社は倒産。以後、厳しい生活を強いられる。 そんな折、東日本大震災が発生。土建業を営む知人の社長から相談を受ける。震災後の復興バ

2013年にマーク・ポストとピーター・フェアストラータというオランダ人研究者2人が、世界初の培養肉で作られたハンバーガーを発表した。培養肉でできたパテの値段は33万ドルという高額なものだった。 わざわざ動物の細胞を採取し試験管内で高価な肉を培養する必要があるのかと、いぶかる人もいるであろう。 そんな疑問に答えてくれるのが本書だ。本書は培養肉を「クリーンミート

近年、急速に発展するテクノロジーと科学の進歩は、産業革命を超える社会的変化を私たちに強要しつつある。その変化は産業革命よりもはるかに大きく、そして速い。そのような現代の問題に警鐘を鳴らすのが、世界的なベストセラーとなった『サピエンス全史』の著者、ユヴァル・ノア・ハラリだ。 今作『21 Lessons』では科学、テクノロジー、哲学などの最新研究を取り入れながら

30年間毎日欠かさずに酒を飲み続けてきた作家、町田康の断酒エッセーである。こう書くと酒をやめて健康になった暮らしぶりを健やかにつづったエッセーを想像してしまうが、決してそんな生易しいものではない。 その証左としてまずは目次からいくつかの見出しを引用してみよう。〈飲酒とは人生の負債である〉〈私たちに幸福になる権利はない〉〈「私は普通の人間だ」と認識しよう〉〈「

戦後最大の経済事件といわれる「イトマン事件」で逮捕された許永中が自身の半生を綴った自伝である。 許永中が語る戦後からバブル期までの日本は、現代のような漂白された潔癖な社会ではなく、政、財、官と裏社会が分かちがたく深く結びついた社会である。良しあしは別にして、混沌としながらもエネルギーに満ち溢れ、どこか生臭いにおいのする社会が、つい数十年前までこの国に存在して

ロマン・ポランスキー監督作品『戦場のピアニスト』をご覧になったことがあるだろうか。実話を基にして作られた映画だ。私にとっては人生の中で最も感動した映画のひとつである。 舞台はドイツ占領下のポーランド。首都ワルシャワのラジオ局でピアニストをしているウワディスワフ・シュピルマンが主人公。ユダヤ人である彼はドイツ占領下のポーランドで恐ろしい迫害を経験する。彼は絶滅

TBS系テレビ番組「クレイジージャーニー」に出演しているジャーナリスト、丸山ゴンザレスの著書だ。番組をご覧になった方ならばご存じかもしれないが、著者はさまざまな国の裏社会を取材してきた人物だ。 本書は著者が取材した殺し屋や売春婦、ドラッグディーラーやジャンキーなどといった裏社会に生きる人々が、何を考えて犯罪という道を選び、行動するのかを考察した1冊である。著

インターネット上で起こる国家間の「サイバー紛争」。その引き金を最初に引いたのは米国だ。ジョージ・W・ブッシュ大統領の許可の下、米国家安全保障局(NSA)とイスラエルのサイバー戦部隊により、「オリンピック・ゲームズ作戦」と呼ばれる作戦が実行された。その作戦では、イランの地下核施設に「スタックスネット」と呼ばれるコードを送り、ウラン濃縮に使う遠心分離機を制御不能