
『無人島のふたり』余命宣告された作家の最期の日々
訃報はいつだって突然だ。著名人が亡くなると、生放送中のスタジオに報道の人間が原稿をもって駆け込んでくる。速報は一刻も早く放送するのが鉄則だが、そこに記された名前に驚き、思わず足が止まってしまうことがある。訃報にあらかじめ心の準備をしておくことなんてできない。誰かの死に慣れることはこの先もきっとないだろう。 山本文緒さんが亡くなったという報せも突然だった。 2
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訃報はいつだって突然だ。著名人が亡くなると、生放送中のスタジオに報道の人間が原稿をもって駆け込んでくる。速報は一刻も早く放送するのが鉄則だが、そこに記された名前に驚き、思わず足が止まってしまうことがある。訃報にあらかじめ心の準備をしておくことなんてできない。誰かの死に慣れることはこの先もきっとないだろう。 山本文緒さんが亡くなったという報せも突然だった。 2

本を読んでいて、誤植をみつけてしまうことがある。 粗を探しながら読んでいるわけではないのに、自然と目にとまってしまう。みつけるのは衍字(えんじ、文章の間に入った余計な文字)が多い。「思いった」とか「会社にには」みたいな誤りだ。DTPが当たり前になって、この手の間違いが増えた気がする。みつけるたびに、がっかりする。 がっかりするのは、子ども時代の刷り込みのせい

2022年7月8日の昼頃、本書『老警』の文庫解説を書き始めたちょうどその時、ニュース速報がスマホに届いた。 「安倍晋三元首相、奈良市で応援演説中に銃で撃たれ、心肺停止」 テレビを付けると、すでに臨時ニュースでその瞬間の映像が流されていた。 参議院選挙を二日後に控え、自民党候補の応援演説を行っている最中、安倍元総理は背後から狙撃されその場に倒れ込んだ。容疑者は

1995年3月20日の朝、あちこちの地下鉄で一斉に事件が起こり大混乱となった。後の「地下鉄サリン事件」といわれた前代未聞の毒ガス散布テロだ。 この事件以前からきな臭かった「オウム真理教」関係事件が、ここから一気に噴出する。教団関係者の連日のテレビ出演、識者のコメント、山梨県上九一色村(当時)からの中継、カナリアを先頭にした強制捜査、信者たちの逮捕、麻原彰晃の

翻訳は面白い。例えば、松田青子の短編集 『おばちゃんたちのいるところ』 の英訳タイトル Where The Wild Ladies Are を初めて目にした時、「おばちゃん」が“Wild Lady”と訳されているのに笑ってしまった。ワイルドレディー。ひとたび目にするともう、「ヒョウ柄の服を着たやたら圧の強い年配女性」のイメージしか浮かばない。ちなみにこの作品

このところ、昔の本をいくつか読みました。300年前に書かれたモンテスキューの『 ペルシア人の手紙』 。100年前に書かれたバージニア・ウルフの『 ダロウェイ夫人』 。そしてこのたび読んだのが、150年前に書かれたサミュエル・バトラーの『エレホン』です。共通点は、いずれも初訳ではなく新訳だということ。現代の読者のために、われわれに伝わりやすい言葉でよみがえった

北朝鮮でクーデター勃発! ミサイル発射を企む北の軍部に対し、米国がピンポイント爆撃へ。しかしその標的そばには、日本人拉致被害者がいるとの情報。自衛隊特殊部隊は、彼らを救出することはできるのか――? そんなシミュレーションをし、あまりのリアルさが話題になっているドキュメント・ノベル『邦人奪還 自衛隊特殊部隊が動くとき』の著者に聞く!(HONZ編集部) 成毛 現

元海上自衛隊の特殊部隊「特別警備隊」の創設者のひとりで先任小隊長を務めていた伊藤祐靖氏が書いた小説だ。ノンフィクション書評サイトのHONZでは基本的には小説を扱わない。しかし、この小説はフィクションとは思えないほどリアルに安全保障問題の欠点を浮き彫りにしている。ゆえに敢えてレビューを書くことにする。 本作のストーリーなのだが、北朝鮮でクーデターが発生。事態に

この本の帯は傑作だ。そこにはこう書かれている。 「京都で人が殺されていないところはない」 1200年の歴史を繙けば、戦乱で都が荒廃した時代もあるし、いかにもそこら中で人が死んでいそうだが、これは小説の話だ。 京都に住み、京都を舞台にしたミステリーを書き続けた作家といえば、山村美紗である。22年間の作家生活の中で200冊以上の本を出し、売り上げは3200万部を

発売日は先月5月8日。ひっそりと世に現れていた奇書だ。著者のジェフリー・ルイスは核不拡散と地政学の専門家だという。原題は「米国に対する北朝鮮の核攻撃に関する2020年委員会報告書」つまり2020年に勃発した北朝鮮の核攻撃を3年後に公式報告書にまとめたという体裁をとっているシミュレーション小説だ。 金正恩の核ミサイルで攻撃されたのはソウル、釜山、東京、ニューヨ

HONZの基本は「ノンフィクション本」だ。だがこの小説だけはどうしても紹介したい。 いま、この文章を書いているのは2020年3月末。世界中が新型コロナウィルスによる感染症のパンデミックと戦っている真っ最中である。 この病気は、最初は普通の風邪の顔をしている。だからみな油断していた、見くびっていた。それゆえ対応が遅れた。 日々増えていく感染者の数。制限される生

文豪と借金というのは切っても切り離せないものなのかもしれない。石川啄木、内田百閒、川端康成など、借金にまつわるエピソードを持つ文豪は枚挙に遑がない。なかでも有名でゲスの極みといっても差し支えないのは石川啄木である。 親友の金田一京助をはじめ、借金に借金を重ねたあげく、金は返さずに踏み倒し、妻子に金をやらずに、手にした金で女遊びに明け暮れていた。本書にはそんな

第162回の直木賞を受賞した『熱源』。もちろん小説ですが、実在する人物を主人公に据えたことでノンフィクション読者にも興味を持たれているようです。特に北海道での人気はすさまじく、都道府県別の売上シェアは14%に上り東京に次ぎ第2位に。(今、もっとも売れている『鬼滅の刃』の北海道の売上シェアは4%程度ですのでこの特異性は明らかです) 実在する人物をとりあげた小説

パイオニアはすべからく苦悶するのだろう、「明日にならねば、開かぬ扉がある」と。『 緋の河 』は、ニューハーフの新時代を切り開いたカルーセル麻紀をモデルにした、直木賞作家・桜木紫乃による小説だ。 釧路に生まれた主人公・秀男は、女の子よりもずっと可愛いといわれる色白の子どもだった。だが、小学校でつけられたあだ名は「なりかけ」、女になりかけ、という意味である。 そ

もうタイトルからして「なんじゃこりゃ」だが、読み終わっても「なんじゃこりゃ」である。でも面白いんだから書評するより仕方ない。本書(通称・まいボコ)を一言で説明するならば、明治時代、夏目漱石や森鴎外といった純文学作家の作品よりも人気を博した忘れ去られしエンタメ作品(著者は「明治娯楽物語」と呼ぶ)が多数存在し、それらをツッコミ入れつつざっくばらんに紹介しまくる本

「ならぬ……兄弟でこのようなこと―高天原から見ている者がいるかも知れぬ」 そう言って身を引きはがそうとすると、弟は接吻で兄の唇を塞いで、 「兄上。我々は神。神に許されぬことはございませぬ。それにこれは国生みに必要な儀式でございます」――『BL古典セレクション②古事記』より 「BL古典セレクションの編集者です」と言うと、「腐女子なんですか?」と訊かれることが多

HONZ でレビュアーしてますと、いろんなところが本を送ってくれはります。ありがたいことですわ。買うつもりでいた本が送ってもらえたらむっちゃうれしいけど、買った本が送られてきたらちょっと悲しい。 そんなんとちごて、こんなん絶対に買わへんわ、という本が送られてくる時もあります。けっこう礼儀正しいから、お送りいただいた本は必ず目をとおします。けど、やっぱり、自分

竹内明の最新刊『スリーパー』のPVだ。本のPVというのも珍しい。なにがなんでもNetflixで重厚な映像化をしてほしい。予算が少ないWOWOWも遠慮してほしい。 世界的にも視聴率が取れるのではないか。シリーズの初めからだとシーズン3まで作れる。竹内明は絶対に日本の映画会社や地上波などに原作権を与えてはならない。どうせジャニーズあたりの役者もどきを主人公に据え

小説 / HONZ客員レビュー
これは、名作「朗読者」の作家による新たな至高の恋愛小説であり、人間の再生の物語だ。ドイツから出張に来たシドニーのギャラリーで、主人公の弁護士は1枚の絵に出会う。裸の女性が階段を下りてくる絵だ。 40年前、ある実業家が若い妻をモデルにその絵を描かせた。絵を描いた画家はその女性イレーネと駆け落ちした。実業家と画家の争いは主人公の弁護士のもとに持ちこまれた。そして

小説 / HONZ客員レビュー
無謀にも30年戦争に介入して一敗地にまみれたデンマーク王、クレスチャン4世。戦で親友をも亡くしローセンボー城で塞ぎこむ王のもとに、イングランドから美貌のリュート奏者ピーターが訪れる。王はピーターを天使かと見紛い、亡き親友の面影を夢見てピーターを囲い込む。 音楽が好きな王は宮廷楽団を抱えているが、楽団は沈黙の地下のワイン貯蔵室で演奏し特殊なパイプを通じて王の謁

本書は、「ベストセラー小説に普遍的な法則は存在するのか?」という問いかけを、独自の判定モデルをつくりあげ検証した著者らによる一冊である。小説がヒットするかどうかは時の運という人も多いし、実際運が関与しない事象などこの世に存在しないともいえる。そうなってくると次に出てくる問いかけは運の割合はどの程度のものか? である。本書はそれを分析してみせる。 手法のひとつ

小説 / HONZ客員レビュー
戦争を背景にした作品には名作が多い。戦争という極限の過酷な環境が、人間性を際立たせるからだろうか。第二次世界大戦かつ比較的新しい作品に限ってみても、「朗読者」や「HHhH」などが反射的に脳裏に浮かぶ。 本書は、パリの博物館に務める優しい父のもとで育った目の見えない少女マリー=ロールとドイツの炭鉱町、ツォルフェアアインの孤児院で育てられた少年ヴェルナーの一瞬の

小説 / HONZ客員レビュー
僕たちは、叙事詩をすっかり忘れてしまったのではないか。ギルガメシュ、イーリアス、シャー・ナーメなどに満ち溢れていたあの懐かしい英雄たちの雄叫びは消えて久しくなってしまった。ポーランド生まれのユダヤ人で、第二次世界大戦前のドイツで活躍した作家、デーブリーンは、本書、マナスで、叙事詩を見事に現代に甦らせた。端倪すべからざる力技である。 第一部、亡者が原。インド・


小説 / HONZ客員レビュー
ルネサンスの工房を彷彿とさせるルーサー・ブリセット・プロジェクトの4人組が傑作「Q」を世に問うて10年。本書は、後継ユニット(ウー・ミン)の4人組が、「Q」のいわば続編として構想したものである。一般に、傑作の続編は退屈なものが多い。しかし、「アルタイ」はそうではない。全く独立した物語として、極上のエンターテイメントに仕上がっているのは、さすがという他はない。

小説 / HONZ客員レビュー
人はなぜ本を読むのか。それは、何よりも先ず面白いからだと、僕は思う。とりわけ小説を読むときはそうだ。頁をめくるのがもどかしいくらいに、急かされる時が最高だ。「電車道」はそんな小説である。一気に読み終えたのは去年の「水声」以来のことではないか。 ところで、「水声」の端正で古典的な佇まいに比べれば、「電車道」はむしろ読みにくい部類の小説だ。第一、章立てがない。文

著者の岩田先生は、不思議な本を書く人だ。自身の専門である感染症を核にして、抗生物質、ワクチン、さらにはパニックに対するリスクコミュニケーションなどを明快に論じると同時に、自らの知見、思い、そして生き方の根本的な思想までもを、人に伝えようとする。つまりは「啓蒙的な本」を書く人と言えるのだが、その思いが非常に強く、とにかく伝えたいことがいっぱいあるので、「啓蒙的

タイトルを一瞥しただけで、もうこれは読むしかないと観念させられるタイプの本がある。本書のサブタイトルに紅楼夢の文字を見出した瞬間に、紅迷の僕は観念した。本書は、中国の石伝説と、冒頭がいずれも石から始まる「紅楼夢(石頭記=石の物語)」「水滸伝」「西遊記」を論じたものである。 本書は6章からなる。第1章は「テクスト相関性と解釈」。先ず「他のテクストから完全に自由

小説 / HONZ客員レビュー
僕が小説を読む時のクセの1つだが、テーマと構成とテクニックを考えながら読むというのがある。この3つを高い完成度で兼ね備えた小説には、そうそうお目にかかれるものではない。それだけに3つが揃った素晴らしい小説に遭遇すると、とても嬉しくなるのだ。 「水声」のテーマは、おそらく、現代人の孤独(寂寥)である。動物である人間は長い間群れの中で次の世代(子ども)を育てなが

シンプルでセンス溢れる軽快な装丁、帯には江國香織と穂村弘の推薦文、著者は、僕らの世代だと、ハワイやサーフィンのイメージがすぐに浮かぶ、作家・翻訳家の片岡義男と、クッツェーの翻訳や『嵐が丘』の新訳で知られる鴻巣友季子。そしてタイトルの「蒟蒻問答」を思わせる遊び心ーー。 本を手に取れば、どうしても「洗練」「洒脱」といった言葉が思い浮かんでしまう。ところが、いざペ

小説 / HONZ客員レビュー
昨年は HHhH 、そして今年はQ。ローマ字をタイトルにした本には、このところ傑作が多い。16世紀のヨーロッパ。ローマ教会の腐敗に敢然とルターが立ち上がる。宗教改革という大きな振り子が振れ始めたのだ。しかし、振り子は行き着くところまで振れないと止まれない、という厄介な性格を持っている。ドイツでは、穏健なルターを早くも置き去りにして、農民の指導者トマス・ミュン

小説 / HONZ客員レビュー
重くて悲しい、それでいてみずみずしい物語が、抑制された美しい格調のある文体で淡々と綴られる。多用される現地語も彩りを添える。そして、構成も完璧だ。植民地時代のケニアを中心とする東アフリカ。支配者の英国人にとって、インド人は便利で使い勝手のいい中間層だった。過激なアフリカ人マウマウは凄惨なテロで対抗する。独立を果たした後、ヨーロッパ人は去り、インド人は残った。

昨年の6月、 「カールシュタイン城夜話」の書評 で、僕はクプカの歴史物語三部作の残る2作、「スキタイの騎士」と「プラハ夜想曲」を早く読んでみたい、と書いたが、1年も経たずしてその望みが叶えられることになった。出版元である風濤社に深く謝意を表したい。そして、何よりも嬉しいことに本作も面白さにかけては前作に勝るとも劣らないのだ。しかも本書は「スキタイの騎士」と「

小説 / HONZ客員レビュー
僕の至福の時間は、大きい本屋をあてもなく歩き回り、目に飛び込んできた本をそぞろ読む時間だった。ベンチャー企業を経営するようになって、時間がなくなり、こうした楽しみは奪われてしまったが(今は、主として新聞の書評で代替している)、どれだけの大書店であっても、本書は、真っ先に目に留ったに違いない。フェルメールの大好きな1枚(の1部分)をそのまま表紙に使っているから

小説 / HONZ客員レビュー
不思議な読後感の残る小説である。ストーリー自体は、一見したところ、込み入っているようにも見えるが、本質は他愛もないと片付けてしまってもいいかもしれない。最愛の娘キャサリン(キャス)を亡くした初老の舞台俳優と、その妻がいる。ポルトヴェーネレ(僕は初秋に訪れた記憶がある。印象に残る美しい町だ)でキャスは自ら命を絶った。子どもを身籠っていた。 老俳優に初めての映画

小説 / HONZ客員レビュー
今年は小説が豊饒だ。僕と同年、定年退職した65歳のハロルド・フライのもとに、ある日、1通の手紙が届く。かつての同僚のクウィーニー・ヘンシーからだ。彼女はがんで死にかかっているという。ハロルドは、返事を書き、ポストに向かいはしたものの、どうしても投函できない。20年前の彼女のハロルドに対する誠実さに、この返事は全く見合っていないからだ。次のポストを求めて歩き始

小説 / HONZ客員レビュー
さすがに、読書の秋である。実りは、豊かだ。本書も、まちがいなく、今年度に読んだ小説の中では、トップ3に入るだろう。ナチによるユダヤ人大量虐殺の首謀者で、責任者であったハイドリヒ。「第3帝国で最も危険な男」「金髪の野獣」と怖れられたハイドリヒを、ロンドンに亡命したチェコ政府が暗殺計画を立て(ハイドリヒは、当時、ドイツの保護領であったボヘミア・モラヴィアの総督代

小説 / HONZ客員レビュー
9部門のアカデミー賞を受賞した名画「イングリッシュ・ペイシェント」の原作者であるオンダーチェの新作なら、これはもう読むしかあるまい。そう思って手に取ったが、想像を遥かに超える素晴らしい佳品で、すっかり嬉しくなってしまった。 スリランカに住む11歳の少年マイナが、たった1人で大型客船オロンセイ号に乗って、母の待つ英国へ3週間の船旅をする。この小説は、成長して作

小説 / HONZ客員レビュー
僕は、本を読むときは、一言一句文章を丁寧になぞって、ほぼ完全に消化してしまうまで読み込むタイプなので、滅多に同じ本を2度読むことはない。本書は、ANAグループ機内誌「翼の王国」に連載された小品をまとめたもので、いくつかは間違いなく読んでいるはずだが、再読することに全く躊躇いはなかった。それは何故か。著者の文章や門内ユキエさんのイラストレーションが大好きだった

小説 / HONZ客員レビュー
2020年のオリンピック招致を巡って、名乗りをあげた東京の最大のライバル都市は、どうやらトルコのイスタンブールであるらしい。何度か訪れたことがあるが、ボスポラス海峡から眺める夕暮れのイスタンブールのシルエットは、間違いなく世界で最も美しい光景の1つであろう。 ところで、トルコと言えばトルコ料理やトルコ絨毯、ハマーム(公衆浴場)などが連想されようが、実は、世紀