
『物理学者の墓を訪ねる ひらめきの秘密を求めて』死者と過ごす静かな時間
世に渋い趣味は数あれど、極めつきの渋いやつとなると、「掃苔」ではないだろうか。「掃苔」は「そうたい」と読む。苔を掃除する。つまりは墓参りのことである。 何を隠そうぼくも掃苔愛好者だ。特にお気に入りは青山墓地で、これからの新緑の季節は特に気持ちがいい。職場のホワイトボードに「打ち合わせ 青山」などと書いて外出しているときは、ほぼ例外なく仕事をサボって青山墓地を
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世に渋い趣味は数あれど、極めつきの渋いやつとなると、「掃苔」ではないだろうか。「掃苔」は「そうたい」と読む。苔を掃除する。つまりは墓参りのことである。 何を隠そうぼくも掃苔愛好者だ。特にお気に入りは青山墓地で、これからの新緑の季節は特に気持ちがいい。職場のホワイトボードに「打ち合わせ 青山」などと書いて外出しているときは、ほぼ例外なく仕事をサボって青山墓地を

正直に告白しよう。本稿の執筆を引き受けた理由は本書『失われたパリの復元』がどうしても手元に欲しかったからである。とはいえ、19世紀のパリ市街にさほど関心を持っていないどころか、バルザックもまともに読んでいない。にもかかわらず、本書が欲しかったのだ。なんとしてでも早く手に入れ、時折ページを開いて、挿絵を眺めながら暮らしてみたかったのである。 「芸術新潮」で連載

巨大な廃墟はスキャンダラスでセクシーな匂いを発している。だからか、縁もゆかりがなくとも、大きいという理由だけで、建造された経緯を調べ、廃墟となった理由を粗探したくなる。 当初はどの計画においても、卓越したリーダーの大きな計画と巻き込まれた沢山の関係者の想いがあったのだろう。しかし、当初の計画から予測できなかった出来事やトラブルにより実現しなかったがために、そ

人生の大半を、犬と過ごしてきた。 だから心の底からの実感としていえるのだが、犬ってのは良いものだ。つらい時は慰めてくれるし、楽しい時間はさらに楽しくなる。撫でているとあっという間に時間が過ぎるし、心地がよい。というわけで僕は10でも20でも人類が犬を飼うべき理由を挙げられるが──、本書『ジャングルの極限レースを走った犬 アーサー』を読んだら、また犬を飼いたく

私のプロフィールには「趣味:万年筆集め」と書いてある。特に珍しいものを持っているわけではないが、新しい番組に携わるとき景気付けにとか、自分なりに課題をクリアしたと思った時に自分へのご褒美とか、とにかく折々買い集めて、いま30本くらいある。 MCやキャスターの仕事が多かった頃は、台本に書き込みをしたりメモを取ることが多く、すべて万年筆で書いていた。フリップを指

「紺屋高尾」という落語がある。紺屋に勤めている染物職人、久蔵が最高位の花魁の高尾太夫に岡惚れする話だが、金を溜めて花魁に会えるというその日、案内をしてくれる人から、決して手を見せるなときつく言い渡される。紺屋の職人は藍の中に手を浸すので、手首から下は真っ青なのだ。だが、花魁はその律義さに惚れて…。いや、いい噺である。 『色という奇跡』の口絵の最初は、その藍の

荻窪駅の改札を出て、手頃な惣菜の店などが並ぶ庶民的な品揃えの駅ビルを抜けると、目の前はもう青梅街道だ。青梅街道を左折したら吉祥寺方面へと歩きはじめよう。迷ってはいけない。ひたすら歩を進めるべし。ただ駅を離れるにつれてお店も少なくなってくるし、「ホントにこの道でいいのかな……」と次第に不安になってくることはあらかじめお伝えしておこう。 しばらくすると目の前に環

「HONZで紹介する本って、どんな基準で選んでいるんですか?」そう聞かれることは結構多いのだが、いつも歯切れの悪い回答になってしまう。 むろん小説はのぞくとか、いかにもなビジネス書は紹介しないとか、ジャンルとしての縛りは色々あるのだが、それだけが重要なわけではない。要は、難解なサイエンス本や分厚い歴史本ばかりをスラスラ読みこなす小難しい集団、そんな風に思われ

時間や空間を図るには確かな基準点が必要となる。しかし、贅沢や美しさという抽象的なものにも基準となる点や線は存在するのだろうか。フランス文学者の鹿島茂は世間一般で言われるように、これまで美しさや贅沢というものには基準となるものなど存在しないと思っていた。しかし、フランス文化史を長年の間、研究し続けるうちに美や贅沢にも基準点が存在するのではないかと思うようになっ

よその家の生活は気になるものだ。スーパーマーケットの買い物かごの中身や捨てたゴミの種類など、芭蕉ではないけれど「隣は何をする人ぞ」という興味は誰もが持っている。ましてや性生活ともなれば、口には出せないが興味のあるところだ。 その思いが嵩じて、アメリカのデンヴァー近郊に住むジャラルド・フースはモーテル自体を買ってしまった。屋根裏に細工し通風孔と見せかけた穴から

HONZの成毛代表、何を考えているのか、忙しいとぼやきながらも、今年はめったやたらと本を出すらしい。大丈夫か。しかし、いちばん気合いがはいってるのはこの本だ。なんせ、ADHDを誇る成毛代表が、国立科学博物館という同じテーマに固執して二冊目の本を出すのだから。ただし、本人に確認した訳ではありませんので、まぁ、いま巷に流行る忖度いうやつですわ。 しかし、相当に力

不便益と書いてフベンエキ、聞き慣れない言葉である。便をしなかったら御利益がある、という話ではない。あたりまえか。便利は益をもたらすが、反対に「不便であるからこそ得られる益」もあるのではないか、という発想だ。なんじゃそれは、と思われるかもしれんが、著者の川上浩司さんは歴とした京都大学教授で、専門はデザインユニット学。あの、何に使ったらいいのかようわからん『 京

「世界三大○○」という見立てが日本人はなぜか大好きである。「料理」だったり「テノール」だったり、「〇〇」のバリエーションはいろいろだ。世界とまではいかないが、個人的に知っているところでは「芸能界三大悪妻」というネタもある。だがここでその名を明かすのはやめておこう。いま流行りの忖度というやつである。 世界三大〇〇にはもちろん「世界三大悪妻」もある。その三人とは

肘の靱帯再建であるトミー・ジョン手術。野球好き以外には聞き慣れない言葉かも知れないが、ダルビッシュ有や松坂大輔、古くは村田兆治などが受けている。かつては成功率1%とも言われたが、現在は8割近くが復帰に成功している。 本書はトミー・ジョン手術を中心に米国や日本の野球投手の「腕」の故障に関する問題を検証しているが、その背景にあるのは、野球界に限らず抱える古くて新

「人は見た目が9割」「人は見た目が100パーセント」「美貌格差」……その内容はさておき、こうした本やドラマのタイトルは多くの人が「見た目」に関心があることの表れだろう。 では、もしも顔などの見た目に大きなあざや変形などの目立つ症状がある場合、ネガティブな人生が約束されてしまうのか? 本書は、そうした症状をもつ「見た目問題」の当事者9人へのインタビュー集である

ノンフィクションとは、なんともとらえにくいジャンルだ。字義通りにみればそれは、フィクションではないものなのだが、もう一歩踏み込んで「フィクションではないもの」とはつまりは何なのかと考えてみよう。「ノン」という否定形ではなく、肯定系でその存在を描写しようとすると、途端にその輪郭はあいまいなものとなる。立花隆ですら「ノンフィクションとは何か、ノンフィクションとは

深く関わりたくないと思う問題の多くは、善悪二元論に陥りがちなものばかりである。豊洲は安全なのか、そうでないのか。忖度はあったのか、なかったのか。唐揚げにレモンはアリなのか、ナシなのか…。議論を単純化すればするほど、問題は本質から遠ざかる。それなのになぜ人は、かくも簡単に二元論に陥ってしまうのか? 答えを解く鍵は、文法にあった。 通常、我々が親しんできた文法の

冨山和彦氏の本は殆ど読んでいるが、本書は単にAI(人工知能)が関わるビジネス領域に留まらず、教育から地方創生から働き方論まで、今我が国が取り組むべき社会問題を全て網羅した、これまでの著書の中で最も包括的な内容の、全ビジネスマン必読の書である。 コンサルタント→企業再生実務家→社会変革者へと進化を遂げる冨山氏の行きつく先は、ピーター・ドラッカーのような経営思想

混み合う地下鉄でふと頭上を見上げると、週刊誌の中吊り広告が2つ並んでいる。芸能ゴシップや政界スキャンダルなどの見出しに交じって、こんな見出しが目についた。「認知症になりやすい住宅」(週刊文春4/13号)、「団塊絶壁!第1回ボケへの恐怖」(週刊新潮4/13号)部数が伸びるのだろうか。高齢化が、私たちに重くのしかかっているのを感じた。 本書『がんばらない介護』は

僕ね、文楽とか義太夫とかあんまり好きやないんです。怒られるのがいややから、越路師匠が怖いから修業してきたのかもしれません。 なんと正直なんだ。この言葉には、腰が抜けそうに驚いた。古典芸能に限らず、スポーツでもなんでも、トップレベルの人たちは皆、好きだから辛くてもやってこられました、というのがお約束だろう。しかし物は考えようだ。好きで続けられた人よりも、あまり

本書は、鎌倉時代の「踊り念仏」で知られる時宗の開祖・一遍上人の評伝だ。 開祖といっても本人は死ぬまぎわまで、こんな活動は一代限りでやめろと門弟に釘をさしている。 仏教本でお堅いのかと思いきや、全くそんなことはなく、著者は口語で語りかけてくるので読みやすい。そして一遍の怒涛を体感するだけでもエンターテイメントとして成立している。 一遍は、伊予水軍で名高い河野家

本が好きだ。物心ついてから、ずっと身近に本があり、気が付けば本に関する仕事をしていた。だが、私はどれだけ「本をつくる」という仕事に従事している人について知っていたのだろう。 まずは作家が原稿を書く。小説でもノンフィクションでも実用書もそれは変わらない。編集者の手に渡り、その作品が商品としての本になるかどうかが決定する。ここが始まりだ。 次には活字だ。本を開け

シリアの国情は長い期間にわたって荒れ狂っている。 ことの発端は2011年。2010年に起こったアラブの春を端緒として過激化した反政府運動と、それに対抗するアサド大統領に率いられた政府軍によって内戦が勃発。ジリジリと進まない市街戦、非人道的で歯止めのかからない拷問、市民へのレイプ被害など無数の事態により状況は泥沼化していく。国連難民高等弁務官事務所によるとシリ

PS4とSwitchが盛況な現代だけれども、かつてはセガと任天堂が覇権をめぐり争っていた日々があった。日本視点でみるとあまり印象が強いわけではないが、メガドライブ(北米版はジェネシス)がアメリカでは任天堂のシェアを上回るなど、互角の戦いを繰り広げていた時代があるのだ。 本書はそうしたハード戦争においてセガが任天堂に対抗できていた一時代を、主にアメリカ(セガ・

本年1月21日、俳優・松方弘樹が脳リンパ腫のため亡くなった。享年74。本書は松方が闘病生活に入る前、2015年に行われた取材をもとに構成された、素晴らしく読み応えのある評伝である。 「仁義なき戦い」などの映画だけでなく、テレビドラマ「遠山の金さん」でも活躍した松方は「遅れてきた最後の映画スター」だったという。壮絶な殺陣が印象的な「十三人の刺客」の監督、三池崇

待ちに待ったプロ野球が今年も開幕した。生まれて初めてプロ野球選手を間近で見たときの興奮はいまでもおぼえている。季節は春。小学生だったぼくは、新大分球場の外野の芝生席で、ある選手の一挙手一投足に目を奪われていた。目の前のフェンスには、その選手のウインドブレーカーがかけられていた。 やがて彼がこちらにやってきた。すごいオーラだ。「いい汗かいちょるね!」と横にいた

アメリカン・ドリーム。それは、大志を抱く者が自らの実力ひとつでのしあがっていくサクセス・ストーリーである。しかしじつは、そんなアメリカン・ドリームがいま危機に陥っているのだという。どうしてだろうか。 それは、ひと言でいえば、現在のアメリカでは機会の階層間格差が極端に大きくなっているからである。一方で、裕福で教育水準の高い家庭の子どもには、進学や就職における多

Googleで検索をかければ、すぐに答えがわかってしまう現在、この本に書かれていることの一部が眉唾物であるということは一目瞭然だ。しかし400年前はどうだっただろう? インターネットなんてものはもちろんなく、伝聞に加え書物や文献でしか情報を得ることができなかった当時の人々は、いったいこの本に書かれていることをどのように受け止めたのだろうか? 世にも不思議なも

近年、アスペルガーやADHDといった発達障害が注目を集めている。本書の冒頭でも述べられているが、テレビドラマの登場人物でも発達障害を持っていると思われる行動をとる人物が活躍する作品が増えている。 海外ドラマ『 クリミナル・マインド 』のDr.スペンサー・リードやBBC制作の『 シャーロック 』のシャーロック・ホームズなどは明らかにアスペルガー症候群の特徴を示

2020年、東京オリンピックの開催の裏側で、大学入試センター試験の改革が着々と進んでいる。次の中学3年生が高校3年生になるタイミングであるから、もう間近である。高校も大学も塾も、その準備に追われてとても大変になることは想像に難くないが、その手前にも、大きな問題が来ることは随分前から囁かれていた。2018年問題である。 1992年に200万人を超えた18歳人口

今年の受験シーズンも終わろうとしている。納得のいく結果を得た方も、思い通りにいかずに悔しい思いをした方もいただろう。が、若い時期に一時でも夢中で勉強し、公正な判断を受けるという経験はきっと意義があるはずと思う。すべての受験生の皆さん、すばらしい未来がありますように! さて本書は東大・京大・一橋・慶応・早稲田といった難関大学の歴史の試験の記述問題を、著者の片山

おととし、初めて「ふるさと納税」をした。納税先は、岩手県陸前高田市。「お礼」に届いたのは、ホタテやアワビなどの海産物。その滋味あふれるおいしさに感激し、「この魚介を育んだ陸前高田の広田湾とは、どれほど豊かな海なのだろう」と、まだ訪れたことのないその地に思いを馳せた。 だが皮肉にも、その「豊かな海」からやってきた津波によって、陸前高田は壊滅的な被害を受けた。本

2016年6月に出版された原書はアメリカでベストセラーとなり、世界中で高い評価を受けた。英エコノミストは「2016年に出版された本の中で、アメリカを知るために最も重要な一冊」と評している。1984年生まれの若き白人のアメリカ人である著者J.D.ヴァンス自身が述べるように、彼はイェール大学ロースクールを卒業し経済的成功を収めてはいるものの、「人生で何か偉業成し

格差の問題が叫ばれて出して久しいが、格差が深刻化する中でさらなる問題が沸き上がりつつある。「格差を是正せよ」「ダイバーシティって素晴らしい」という掛け声とともにフォーカスが当たるのは、いつだって最底辺に位置するマイノリティの人ばかりなのである。 「鶏口となるも牛後となるなかれ」とはよく言ったものだが、アメリカで実施されたある調査でも、それを裏付けるような結果

『マラリア全史』など感染症をテーマとしたノンフィクションを多数著している科学ジャーナリストの最新作である。内容は疫学、認知科学、進化生物学、政治史など多岐にわたり、分野横断的だ。「移動」、「過密」、「非難」、「治療」など10の切り口から、パンデミックについて幅広く語られる。 「移動」の章では1825年のエリー運河開通をきっかけにアメリカでコレラが広がった例や

ため息が出た。大学人として、である。うまくいっている大学には、それだけの理由があるということがよくわかった。今をときめく近大、近畿大学の本である。関西圏以外で近大の知名度と評価はどれくらいなのだろう。しかし、いまや、いくつもの指標で、押しも押されもせぬ日本の私立大学の雄であることは間違いない。 少し前まで、近大のイメージといえば、ちょっと垢抜けしないバンカラ

本書は人気作家たちによる、どんぶり愛あふれるエッセイ集である。各章をずらりと並べると、「天丼」「カツ丼」「牛丼」「親子丼」「海鮮丼」「いくら丼」「まだまだあるぞ丼」「うな丼」と続く。お昼には牛丼、ちょっと気合いを入れる時はカツ丼、お出かけ先で海鮮丼、今日はお腹の調子が良いという日に天丼、なんて感じに気軽にどこから読んでも楽しい一冊である。 私は牛丼が好きだ。

スーパーマーケットの他人の買い物かごが気になる。レジで前に並んだ人のかごの中身が冷凍食品だけだと「仕事が忙しいのかな」とか、野菜や肉の種類で「今晩は餃子か」なんて考えるのは楽しい。 さて本書の著者、キャスリーンも私と同じ性分らしい。ある日、ある女性のスーパーのカートの中が気になった。インスタント食品と出来合いのソース、冷凍食品が詰め込まれ、まともな食品が何も

2016年のアメリカ大統領選挙でトランプ氏を援護射撃するようなサイバー攻撃を ロシアが しかけていたことには驚いたが、その後、アメリカが分かりやすくサイバー空間で反撃していたのにも驚いた。ロシア政府高官のメールが暴露されたり、ロシアの銀行が大規模なサイバー攻撃を受けたりと、次々とロシアがサイバー攻撃を受けている。しかも、 バイデン前副大統領がロシアへの反撃を

まったくの私事で恐縮だが、このレビューをHONZにアップする日に還暦を迎える。せっかくなので、還暦らしく赤い本をレビューすることにしようと思った。『 赤本 』といえば、教学社の出す大学入試過去問集だけれど、さすがにそんなもんレビューするわけにはいかないし、その能力もない。 行きつけの本屋さんをうろついて探すと、平積み本の中にひときわ目をひく一冊があった。中国