
言葉の断捨離 -『ピダハン 「言語本能」を超える文化と世界観』
早いもので、もう4月。新しい年度を迎えて、新社会人、新入生など、新しい生活へと身を転じることになる方も多いのではないだろうか。 新しい環境に入ると、えてして慣れるまでに時間を要するものであるが、この要因の一つに文脈の把握に時間が掛かるということが挙げられる。話している言葉そのものは理解できても、本当の意味で理解できるようになるには、その組織体の文化を含めた背
HONZ編集長
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早いもので、もう4月。新しい年度を迎えて、新社会人、新入生など、新しい生活へと身を転じることになる方も多いのではないだろうか。 新しい環境に入ると、えてして慣れるまでに時間を要するものであるが、この要因の一つに文脈の把握に時間が掛かるということが挙げられる。話している言葉そのものは理解できても、本当の意味で理解できるようになるには、その組織体の文化を含めた背

最近HONZでは、紹介する本が3,000円を超えていると「ブルジョア本!」の掛け声がかかり、俄然、みんなのチェックが厳しくなる。要は「3,000円超える本なんだから、さぞかし良い本なんでしょうねぇ。」というわけだ。 そんな中、本書はブルジョア基準比200%を達成する6,000円(税抜き)のお値段だ。ダブル・ブルジョア本、略してダ・ブルジョア。厚さ:32ミリ、

アニメに出てくる架空の建造物を、プロの建設会社が真剣に作ろうとしたら一体どうなるのか?そんな、とてつもなく壮大なスケールの企画が実現した。 担当したのは、大手ゼネコン・前田建設のファンタジー営業部。過去にも『マジンガーZ』の地下格納庫や『銀河鉄道999」の高架橋など、各種の建造物を積算をしたことでもおなじみのプロジェクト。本書は、Webで連載していたその模様

約1年ぶりとなる佐々木 俊尚さんの新刊。事前に御本人から本書の執筆についてお話を聞かせていただく機会などもあり、非常に楽しみにしていた。新書で468ページはさすがに肩が凝ったのだが、歯を食いしばって一気読み。ただし歯を食いしばったのは、頁数の問題だけではなかったのだが・・・ これまでの佐々木さんの著書というのは、「今」もしくは「時代の先端」を的確に切り取りな

<福島・双葉病院 患者だけ残される 原発10キロ圏内 医師らに避難指示で> そんなショッキングなニュースが配信されたのは、東北と北関東を襲った大震災から数えて6日目の3月17日のことである。病院にはたちまち非難が殺到、またたくまに「悪徳病院」のレッテルが貼られることとなった。 しかし、実態は報道されたものとは大きく異なるものであったのだという。はたしてこの時

僕は、どちらかというと「いやぁ~ 俺たちの頃はガリ版でさぁ」などと聞かされて育った「ポスト・ガリ版世代」である。それでも伝え聞く話の口ぶりなどから、ガリ版というものがその世代の人にとって懐かしい思い出を持つ、愛すべき存在であったのだろうということは容易に想像がつく。本書は、そんなガリ版文化を紡いだ謄写版と人々の物語である。 日本におけるガリ版の基礎を作ったの

50年前のグルメガイドを片手に、今なお残るお店を訪ねていくという珍企画。元ネタはデイリーポータルZの「 50年前のガイドブックに載っている店巡り 」という記事だ。 グルメガイドは『味のしにせ』(1962年・北辰堂)、『東京うまい店200店』(1963年・柴田書店)、『東京横浜 安心して飲める店』(1965年・有紀書房)、『東京の味』(1968年・保育社)の4

かつてスティーブ・ジョブズは「文系と理系の交差点に建てる人にこそ大きな価値がある」という話を聞いて、その道を志すことを決心したそうだ。すなわち人文科学と自然科学の交差するところに、自身の活路を見出したということである。 その感覚の正しさは、現在の世の中の趨勢を見れば火を見るより明らかなのだが、スティーブ・ジョブズが決心したのは、もう何十年も前のことである。以

『 体脂肪計 タニタの社員食堂 』が大ヒットしたのは、記憶に新しい。その二匹目のどじょうを狙ったわけでもないのだろうが、企業発信のレシピ集が相次いで発売されている。 永谷園のお茶漬け、キッコーマンの豆乳、タカノフーズの納豆、いずれもロングセラー商品の一点突破だ。商品そのままの装丁で、本の寸法も該当商品にほど近い。そのため、本屋の同じ棚で面陳にでもされた日には

人間はもちろんのこと、ヒラメとカレイのように右型の種と左型の種の両方がいるような生物でも、脊椎動物なら必ず左側に心臓があると言えるそうだ。ところが無脊椎動物には、大胆にもそっくりそのまま左右を逆転してしまう仰天の進化を遂げた生物がいる。それが巻き貝である。 サザエ、タニシ、カタツムリなど、私たちの周りにいる巻き貝はほとんどが右巻きである。しかしカタツムリなど

一口にビジネスマンと言っても、最近ではさまざまなワークスタイルを見ることができる。いわゆる会社勤めだけを見ても、フレックス勤務や在宅勤務というものがあるし、フリーランスや起業という働き方もすっかり定着してきた。 とりわけその中でも注目を集めているのが、都市ノマドというスタイルであるだろう。昨今のインフラの充実ぶりを背景に、MacBook AirやiPadでク

『 その科学が成功を決める 』などの著書でおなじみ、リチャード・ワイズマン博士の最新刊。タイトルで誤解される向きもあるかもしれないが、超常現象の信憑性を検証するという類の話ではなく、あくまでも超常現象には懐疑的なスタンスだ。そのうえで、人がなぜこうした不思議な現象を体験するのかという点にフォーカスを当てている。 非常に興味深い内容が盛りだくさんで、「ちょい読

日本将棋連盟会長の米長邦雄氏が、コンピュータ将棋ソフト「ボンクラーズ」に負けたということが話題になったのは、つい先月の1月14日のこと。それからまだ1ヶ月も経たないというのに、早くも対局した本人によって、その内幕の全貌が明かされた。それが本書『われ敗れたり コンピュータ棋戦のすべてを語る』である。 決戦の裏側に隠された興味深いエピソードが、いくつか挙げられて

最近つくづく思うのは、世の中には色々なフェチの人がいるものだなということだ。それは、今や巨大百貨店の様相を呈しているAmazonのレビューからも窺い知ることができる。 例えば このレビュー 。百歩引き下がって「いい肌触り」とコメントするところまでは良しとしよう。それに対して「参考になった」と投票した人の数が1991人(※2/11現在)というのはどうしたことか

民藝とは、いまから1世紀ほど前に、思想家の柳宗悦らがつくった言葉である。日本が近代化し、機械生産に巻き込まれようとしていた時代に一石を投じたもので、時代に対するアンチテーゼのようなものが始まりであったという。 地域の素材や特性をいかし、昔ながらの手法で作られた日常の生活道具 ― 焼物、染織、漆器、木竹工などに光をあてる。そんな民藝の精神に、今ふたたび関心が集

しまった。完全に食わず嫌いだった。この言葉について、もっと早く知っておくべきだった・・・ 本書は今、注目を集めつつある「ゲーミフィケーション」の何たるかを説明した一冊。ちなみに、ゲーミフィケーションとは「ゲームの要素をゲーム以外のものに使う」ということ。ゲーム以外のことに使うのだから、ゲームの話ではない。僕はそこを大きく見誤っていた。 いったいゲームのどのよ

今、世のビジネスマンが一番多く見聞きするキーワードは「ビッグデータ」というものではないだろうか。巨大なデータを収集・分析してパターンやルールを見つけ出す。その上で、今を描き出したり、異変を察知したり、近未来を予測するために活用されるものだ。世界中で生成されるデータの増加とともに、ビッグデータへの注目度は一気に上がってきた。 本書で描かれている内容も、ある意味

世界で初めて電卓が登場したのが1962年。各桁ごとに1から9のボタンが並んだフルキーボード方式で、重さは14Kgほどあったそうだ。それから50年。最近ではすっかり姿を見ることも少なくなってしまったが、その歴史には驚くべきほどの技術革新があったという。 本書はそんな電卓の50年を、写真で振り返る一冊。著者は電卓の蒐集家。これまでに国内外あわせて1000以上の電

一見、ビジネス書っぽいタイトルが付いているのだが、いわゆるマイクロビジネスをテーマとした本ではなく、これからの時代を生き抜くための思考の原理原則が描かれている一冊。問われているのは、わたしたちの生活、社会がこれまでの延長線上でやっていけるのか、否かということだ。 著者はいわゆる小商いの事例として、昭和30年に商店街によく見られた帽子屋の例を取り上げる。当時、

ありふれた食べ物でありながら、地球上のどんな果物よりも多くの人に消費され、何億という人々を飢えから救っているバナナ。本書は、そんなつつましやかな果物の壮大な歴史物語だ。この本を紹介するにあたって、「そんなバナナ!」とだけは言いたくないのだが、驚きの連続である。 19世紀後半のアメリカにおける需要拡大を背景に巨大化するバナナ複合企業と、中央アメリカにおけるバナ

毎年、成人式の頃をピークに「最近の若者は・・・」といった議論が、どこからともなく湧いてくる。ステレオタイプに若者を批判する者が現れたかと思うと、どこをどう間違えたか「最近の若者」という落書きは古代エジプトの壁画にも書かれていたらしいなど蘊蓄まで披露されたりする。さぞや、おいしい肴なのだろう。 孫正義という人物が語られる議論というのも、この「最近の若者」論に近

今日の「新刊ちょい読み」は、芥川賞でも直木賞でもなく、小学館ノンフィクション大賞の受賞作品をご紹介。 時を遡ること40年前の1972年、アジアで初めての冬季オリンピックが札幌の街で開催された。このオリンピックには、台湾という国が宿命のように背負い続けてきた苦難と、激しい政治的抗争の爪痕が刻まれていたのだという。 オリンピック開催の前年、台湾が国連を脱退した。

一年くらい前からシェアハウスなどの新感覚な動きには注目していたのだが、本書は日本全国31の様々な事例が一望できる一冊だ。住居としてのシェアのみならず、自宅を核としてテーマ特化型のサロンの役割を持たせるもの、協働でソリューションを行うものまであるという。これらが、日常編集家なる著者の手によって「住み開き」と命名されている。 日常/非日常の境界線を意図的に編集す

先日、都内で久々に緊急地震速報が鳴った。その後、大事には至っていない模様であるが、ヒヤリとした瞬間でもあった。この緊急地震速報、NHKから流れてくるチャイム音の方なのだが、ゴジラのテーマを元に作られたのではないかという噂があったそうだ。震災直後の時期には、Twitterなどでも随分と話題にのぼっていたらしい。 本書に、その真相が書かれている。チャイム音を製作

入社後2、3年の若手社員が会社を辞める時に、「電通を辞めました」だとか「博報堂を辞めました」などとブログに書いて話題になることがある。そういうものを目にするたびに感じるのが、この時代の節目に30代を迎えているという自分自身の宙ぶらりんさ加減である。別に会社の管理職でもないので「会社に対して失礼だ」などとは思わないのだが、その論調を素直に応援しようという気にも

このような文章が「東大話法」の典型であると、いきなり切り捨てられている。まず、「世界は」と言うことによって責任関係を曖昧にしていること、そして「我が国は・・・しなければなりません」という一文に見られるような、自分たちが「国」を代表しているいう意識。この話法こそ間違いの元凶であるというのが、著者の主張だ。しかも、切り捨てているのが現役の東大教授であるというから

ああ、肉が食いたい。しかも飛びきり上等なヤツ。飽きるほどお節を食べたわけではないのだが、そろそろ禁断症状が出ている。本書によると、こういう状況に陥ることをミートハンガーと呼ぶらしい。 しかし本書の著者こそが、真のミートハンガー・キングだ。人はなぜステーキを食べる時に牛について熱く語らないのか ― ワインを飲む時には、ぶどうの話を存分にするのに。そんな疑問を感

年末恒例の"来年こそはシリーズ"の中で買ったものなのだが、年が変わると気も変わるもので、すっかり放り出しそうになっていた一冊。まあ人間には、向き不向きというものがありますからね。 しかし本書を少し読み始めると、自分の走る走らないはさておき、十分に楽しめる一冊であるということが分かった。古今東西の「走り」の歴史が一望できる、壮大な文化人類史となっている。 なぜ

2012年が静かに幕を開けた。師走の忙しなさが、一晩明けると打って変わって落ち着きを取り戻す。僕は、この正月の静けさが大好きだ。 それにしても、正月を正月たらしめているものとは一体何なのだろうか。街で見かける しめ縄や飾り付けなのか、遠くから聞こえるBGMのお琴の音色か、それともお節料理の香りや味付けか?はたまたカレンダーによる日付の概念なのか? もちろん、

今年最後のちょい読みは、うん、この話題で。いかん、間違えた。ウンコの話題で!本書は寄生虫博士・藤田 紘一郎氏の自叙伝的な一冊。その人生の節目節目に、大きくウンコが関与する。 子供の頃は、芋や野菜の肥料に使うためのウンコ運びをしながら、すくすく育った藤田少年。医学部時代に、トイレでばったり出会った教授に声を掛けられ、熱帯病の調査に帯同したのがウンのつき。整形外

猟奇的という文脈のもとに、古今東西の異貌のオブジェを博物館さながらに紹介している一冊。キュレーションのお手本のような構成だ。 本書には解剖学ヴィーナス、デカルトの頭蓋骨、腐敗屍体像にカタコンベ、奇形標本などのグロテスクな写真がふんだんに登場する。それでいて上品さが損なわれていないのは、対象人物や、その思想へのリスペクトを欠いていない著者の語り口によるものであ

たかが数十年と言われるインターネットの歴史であるが、先祖を遡れば19世紀まで行き着くという。いわゆるモールス符号などでおなじみの通信手段「電信(テレグラフ)」のことだ。本書はヴィクトリア朝時代のインターネットとも言われる「電信」の歴史を、ダイナミズムたっぷりに描いた一冊。 歴史は繰り返すとはよく言ったものだが、その模様が生き生きとしたエピソードとともに伝えら

フィリップ・ボールが、完全に量産体制に入っている。「自然が作り出す美しいパターン」三部作の『 かたち 』『 流れ 』、年明けに発売される『枝分かれ』。その合間をぬって『音楽の科学』ときた。それにしても1年間に4冊の本は、なかなか出せるもんじゃない。 それはさておき、本書『音楽の科学』は、心して掛かった方が良い一冊だ。なにしろ全620頁による圧巻のボリューム。

本書は『 パラサイト・イブ 』などでお馴染みの小説家、瀬名秀明氏によるサイエンス本の書評集だ。「朝日中学生ウィークリー」紙に連載されていたものが中心とのことで、非常に読みやすい。 一口にサイエンス本といっても様々なわけなのだが、脳科学、生命科学から宇宙、評伝本までが幅広くカバーされている。その中でも本書の特徴は、選書の確かさにあるだろう。ためしに生き物のパー

おどろおどろしいタイトルがついているが、語り口は軽妙。しかし書かれている内容は、やはり恐ろしい。オビにも書かれている通り、命懸けのノンフィクションだ。 本書は、福島第一原子力発電所に作業員として潜入し、その内部の実態を明らかにしたルポルタージュである。メインは福島第一原発への潜入取材なのだが、その入口と出口の取材相手として暴力団が鎮座する。表社会と裏社会は、

久々にジャケ買いした一冊。勝新太郎と言われても、子供のころに記者会見で見たキテレツなイメージしか残っていなかったのだが、表紙の写真に「おいっ」と呼び止められた気がして思わず購入した。読み進めて素顔を知るにつれ、そのイメージは驚きへと変わっていく。 著者は、勝新太郎の最後の「弟子」と称される人物。かつて、勝新太郎が週刊誌で人生相談をしていた時の編集者だ。勝新太

昨年のプロ野球日本シリーズのことだったと思う。開幕前の監督会議で中日・落合監督(当時)の審判団に投げかけた質問が、今でも印象に残っている。それは、「第7戦までのすべての試合が引き分けになったら、どうするのか?」というものであった。 日本シリーズは7試合制で、先に4勝したチームが日本一となる。第7戦を終えて7引き分けなら、最低でもあと4試合、最大で7試合を追加

「英語ができても、バカはバカ」とは、 どこかで聞いたようなセリフ だが、「数学ができても、バカはバカ」という命題は、はたして真なのか、偽なのか。英語と同じように、数学を道具や媒介物と位置づけるなら、この命題は真となる。それなら話は簡単だ。結論は「数学を勉強せずに、本を読め!」である。 しかし数学は、道具と位置づけるには、あまりにも上手く出来過ぎているようにも

いわゆる多読というものを初めてから、それほど年月を重ねていないのだが、多読以前と以後で全く変わらないものがある。それは全体に占める、未読本の割合だ。年間50冊程度しか本を買っていなかった時も、年間500冊近く買うようになった今も、およそ30%が本の山に積んだまま、もしくはパラパラとめくっただけなのである。 未読が発生するメカニズムについても、自分なりに、かな

毎年10月になると、ノーベル賞発表の時期を迎える。今年は残念ながら、日本人受賞者誕生という瞬間を迎えることは出来なかった。個人的に注目していたのは、iPS細胞の研究をされている京都大学の山中教授である。しかし、2年連続で地元紙では受賞確実などと報道されながらも、惜しくも受賞を逃した。 その決定に「なぜ?」と思われた方も、多いのではないだろうか。もっと言えば、