
ホーケイがにあう街? みうらじゅんの『マイ京都慕情』
『ゆるキャラ』や『マイブーム』という、いまや一般名詞と認知されるようになった言葉が、みうらじゅんの造語であるというから、そのセンスは尋常ではない。もうひとつ、いまいちひろまっていないが、もらっても少しもうれしくない観光地の土産物をさす『いやげもの』という言葉も、みうらの手によるものである。 今春は大阪で『 国宝みうらじゅんのいやげもの展 』というのが開催され
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『ゆるキャラ』や『マイブーム』という、いまや一般名詞と認知されるようになった言葉が、みうらじゅんの造語であるというから、そのセンスは尋常ではない。もうひとつ、いまいちひろまっていないが、もらっても少しもうれしくない観光地の土産物をさす『いやげもの』という言葉も、みうらの手によるものである。 今春は大阪で『 国宝みうらじゅんのいやげもの展 』というのが開催され

例えば、ひと昔前の「紙の」稟議書がデジタル化されて、会社からも消えつつある現在、本書は書かれるべくして書かれた書物であると言えよう。デジタル化の波がひたひたと押し寄せつつある中で、紙という媒体が歴史の中で果たしてきた役割を振り返ってみることは、心躍る知的冒険に他ならない。 メディアとしての紙と言えば、我々は反射的に新聞や書物を連想してしまう。しかし、著者は「

書店で目に付き「あ、この人好きなんだ」と購入。読み始めてから「読んだことがあるぞ」と気づくことは、いつも本を持っていないと落ち着かない活字中毒者によくある話である。大概が、単行本から文庫化するにあたって改題された本だ。そのガッカリ感というか残念な気持ちは何度味わっても嫌なものなのだが、他に本を持っていないので仕方なく惰性で読んでいると、もともと好きな作家だか

これは、おもしろい。読み始めた瞬間に、そう思った。良書には、いくつかの必要条件があるが、中でも「おもしろいこと」は、とても大切な要件である。第一、おもしろくないものを、誰が好き好んで読むだろうか。 この本は、天児屋命(あめのこやねのみこと。春日権現。天孫降臨時に随伴)を祖先神(自称)とする京都の吉田山に鎮座する、吉田神社の400年の歴史を綴ったものである。し

歳をとったと思うことがある。その最たるものは、老後をいかにして暮らすかを考えるようになったことだ。理想は 高峰秀子 と 熊谷守一 。すばらしいエッセイをたくさん残している高峰さんであるが、80歳を前にして筆を折り、以後はできるだけ家から出ず、人とも会わず、若いころから集められたいろいろな名品に囲まれて、読書に暮らされたという。いいではないか。 百歳近くまで生

トルコに旅したら、恐らくほとんどの人は、トルコ絨毯を手に帰路につくことになるだろう。そういえば、わが家にも、小ぶりのトルコ絨毯が3枚、鎮座している。 トルコ絨毯はかなり古くから、グローバルに流通してきた。ベッリーニやカルパッチョ、ホルバインの名画にも描かれているのである。本書は、このトルコ絨毯というモノと、トルコの婚姻という慣習を「経(たていと)」と「緯(よ

我が国における生後一ヶ月以内の赤ちゃん1000人あたりの死亡数(新生児死亡率)をご存じだろうか?わずか“1”である。お産における赤ちゃんの死亡(周産期死亡率)は、これより多いが、それでも1000人あたりおおよそ4人。もちろん 世界の最高水準 。先天性の異常など防ぎえない場合もあるので、すでに医療の限界とされている。 フィリピンでの新生児死亡率はどれくらいかと

バスに乗ってまわると、京都はいいよ。 友人にそう教えてもらったことがある。歩くには広すぎる。地下鉄では、景色も見えないし、寄り道もしにくい。タクシーでは、お財布具合もあるけれど、運転手さんに気を遣ってしまうしね。バスだと、勝手に動いてくれる割には、自由でしょう? 友人はそんなことを言っていたが、本数も多い京都の市バスは確かに便利だ。そんな背景もあるのか、本書

この本のなにがいいって、まずタイトルがいい。そして装丁も素晴らしい。おもしろそうな匂いがぷんぷんしてくる。こういった本に出会ったときは、中身を確かめる必要などない。おもしろいに決まってるのだから。私はこういう買い方をしたときには、ハズレを引いたことがない。今回も間違いなく大当たり。めちゃくちゃおもしろい食エッセイの本だったので紹介したい。 イギリス人の著者が

夜の帳が下りるころ、この街には欲望が渦巻く。新宿歌舞伎町のコマ劇場。その前にあるコマ広場を定点観測地として著者は取材を始める。取材は1999年からスタートする。1999年といえば、私はまだ不良の世界に片足を突っ込んでいた時期だ。場所は違えども、ここに登場する若者たちが無軌道に漂流する姿は決して他人事で済まされる話ではないのである。 この街には様々な若者が集う

判型15センチX15センチ、100ページあまりの手のひらサイズの小さな写真集。写真で紹介されているカチーナ人形は28体。これで1500円なのだから、ある意味で超高額本だ。カチーナ人形とはアメリカ先住民のホピ族が作り出す木製人形。ホピ族は5万年前からアメリカ大陸で暮らしており、現在の居住地であるアリゾナ州北部の「コロラド・プラトー」と呼ばれる海抜1400−24

ゴールデンウィーク(GW)に突入である。海に山に忙しい方も多いだろうが、HONZ読者ならば読書にも忙しいはずである。私もレビュー用にここぞとばかりに、アマゾンで『立身出世と下半身』という本をタイトル買いしたら、あらゆる意味で軽薄短小が売りのはずの私の元にタウンページのような厚みの本が届いたのが一週間ほど前。GWに入り、読み進めると、学生になぜセックスを推奨し

歌舞伎専門月刊誌「演劇界」の2007年9月号から2012年3月号に連載されていた「歌舞伎、のようなもの」というエッセイを纏めた本だ。じつは年に4冊ほどしか「演劇界」を買わない。お気に入りの俳優が主役の時や、面白そうな特集号のみを買うからだ。(ただし表紙が菊之助だったら無条件で買う)そのため「歌舞伎、のようなもの」はお気に入りのエッセイだったのだが、立ち読みを

最近では、自分自身の過去と向き合うことを「巡礼」と呼ぶらしいが、こちらは正真正銘の巡礼の話である。ときは江戸の時代、ところは伊勢神宮。だが、ここでお参りを行ったのが犬であったというから、只事ではない。 最初に犬の伊勢参りが行われたのは、明和8年(1771年)4月16日の昼頃のこと。突然、犬が手洗い場で水を飲んでから本宮の方へとやって来て、お宮の前の広場で平伏

闇夜を駆け、密かに忍び、大金をせしめて逃げる。 普段、私達は空き巣の稼業など想像もしないだろう。タイトルがあまにりにポップなので侮っていたが、事実は小説よりも奇なり。本書は空き巣家業50年余の著者による体験録である。 著者が犯行におよんだ場所は、滋賀、奈良、三重など実際の現場が登場している。パトカーから逃走した国道42号線、ナンバーを控えられた津市など具体的

2002年に“人類の旅”をひとまず終えた関野が次に目指したものは、日本列島に人類はどうのようにやって来たのか、をたどる旅だった。そのルートは大きく分けて3つあると考えられた。 1.〈北方ルート〉ユーラシア大陸をヒマラヤの北部に進み、シベリアからサハリンを経由して北海道に至った。 2.〈南方ルート〉東南アジアから中国の海岸沿いに陸地を北上し、朝鮮半島を経由して

はたして任侠道とは武士道の末裔なのだろうか。武士とヤクザは映画、ドラマ、小説からアニメまで様々なメディアで幅広く描かれている。両者は歌舞伎などの古典芸能に限らず、現代の国民にも絶大な人気を誇る「男」の形であることは間違いないだろう。どこか似た精神性を感じさせる。しかし根本的に何かが違う気もする。武士とヤクザの関係性とはどのよなものなのか。そこにはどんな歴史的

熊本といえば、阿蘇山であり、熊本城であり、北里柴三郎であり、川上哲治であり、水前寺清子であり、辛子蓮根であり、馬刺だったはずである。しかし、今は違う。熊本といえば、ゆるキャラ界の人気を ひこにゃん と二分する くまモン なのである。『ゆるキャラ格』としては、ひこにゃんに一歩ゆずるような気はするが、関連商品売り上げはすでにひこにゃんを超えている。 ご存知くまモ

ガウディー、サグラダ・ファミリア教会、サッカーのバルサ……。「それってみんなスペインのものじゃないの」と思った人や、ヨーロッパ観光旅行でバルセロナを訪れただけなのに「スペインを旅行した」と思い込んでいる人は要注意。それは100パーセント正確な認識とは言えないようなのだ。 スペインであって、スペインでない(かもしれない)独自の文化が花開く「奇跡の土地」カタルー

地球上には数多の動植物が存在しているが、およそ80%を超える種類が、西洋科学の範疇において未だ存在を知られていない。それらの種は特定の地域に集中しており、その多様性から生態学のホットスポットと呼ばれているが、同時に深刻な衰退にも陥っているという。 一方で、言語に関しても同じような事態が起きている。少なくとも80%が未だ記録に残されておらず、今現在、何が失われ

「何か」がおかしいのは分かっている。でも、その「何か」がよく分からないからもどかしい。売春島、偽装結婚、ホームレスギャル、シェアハウスに貧困ビジネス。自由で平和な現代日本の周縁に位置する「あってはならぬもの」たち。それらは今、かつて周縁が保持していた猥雑さを「漂白」され、その色を失いつつあるのだという。 著者は、 『「フクシマ」論』 でおなじみの社会学者・開

H&Mなどのファストファッションを使えば、1万円でフルコーディネートができる時代に、1着の服に数十万をかけるような物好きな人が世の中には存在する。私もそんな物好きの一人だ。洋服にとりつかれた者の多くは、一般の人からすれば金銭感覚が狂っている。なぜそんな高いものを買うのか?ファッションに興味がない人には理解不能だろう。なぜかと聞かれたら、こう答えるしかない。そ
仕事を抜け出し、日が高いうちからグイっと飲む。平日の昼酒。私のような小心者の会社員にとっては南米の秘境を訪れるよりも、南の島で美女と戯れるよりも実現が難しく感じる。近くて遠い昼間の居酒屋。本書にはそんな羨ましくてたまらない、散歩がてらの昼酒のエピソードが満載なのである。 著者は大竹聡氏。酒や酒場についての著述を手がけるフリーランサーでサラリーマンではないのだ

高野秀行はいくつもの意味で天才だと思う。 アマゾンで 高野の作品 をみると、31商品ヒットし、そのほとんどが☆四つ以上、中には☆五つもある。そう、どの作品もおもしろいのである。親戚や親しい友人が20名くらいいて、星稼ぎしているという可能性は否定しきれないところではあるが、それはないということにしておこう。しかし、ご本人がおっしゃるところ、あまり売れてないらし

『 裁判長!ここは懲役4年でどうすか 』など、一連の裁判傍聴本で有名な北尾トロであるが、なんといってもこれまでの最高傑作は『 キミは他人に鼻毛が出てますよといえるか 』だと思っている。タイトルにあるように、鼻毛が出てますよと注意する、とか、とんでもなくまずい蕎麦屋でまずいと叫ぶ、とか、まるで、みんなが本音を言いまくる恐ろしい町を描いた町田康の傑作小説『 本音

中国、ミャンマー、インド、パキスタンからイラン、シリア、イスラエルを抜け、ケニア、ウガンダからザンビア、ジンバブエへと下り、ニジェール、セネガル、西サハラと北上する。26歳の女性による、2年間、47ヶ国、予算180万円の旅。その記録が本書である。 単なるバックパッカーの旅行記ではない。それぞれの地域で彼女が体験した出来事を鋭く切り取り、彼女が関与した小さな世

そう言えば最近、街中で見かけないなと軽い気持ちで手にとったのだが、読めば読むほど奥が深い。 本書『霊柩車の誕生』は1984年に刊行。その後1990年の新版を経て、この度三回目の増補新板となった、知る人ぞ知る名著である。路上から消えゆく今を起点に変遷を辿ると、その誕生をもって”終わりの始まり”を意味していたということがよく分かる。 霊柩車とは、文字通り遺体をお

本書は、室町時代後期より400年に渡り神道界に大きな影響を及ぼした “神使い” 吉田家の歴史を描いたものだ。吉田家は、亀卜を行う神職の家系卜部(うらべ)氏の系統で、『徒然草』の吉田兼好もこの一族になる。吉田神道は、京都の神主であった吉田兼倶(かねとも)によって構想された。「唯一神道」「卜部神道」とも言われる。 1468年、応仁の乱の戦火で吉田神社が焼け落ちた

あなたは「三種の神器」が何か、知っているだろうか。“サラリーマンの三種の神器”とか“セクシー小悪魔の三種の神器”のような慣用句ではなく、天皇を天皇たらしめるための3つの品物のことだ。確か、剣と鏡と宝玉だったような…ぐらいは知っていて欲しいが、難しいかもしれない。 本書は第125代の今上天皇、明仁まで代々受け継がれてきた三種の神器について、いつ、どのように、な

どうもお正月気分が抜けない。そんな気持ちのまま、思わず手にとったのが本書だ。帯には「平日の真っ昼間から、温泉入ってひとり飯!?」とある。いじゃないか。今の気分にぴったりだ。 いきなり、こんな文章で始まる。 「すみません。今書いているところで、夜になったら必ず送ります」 書いていない。ボクはウソを言っているのだ。 <中略> 電話を切って、すぐにカバンにタオルと

表紙は3本の干し昆布を並べただけという何とも飾り気のない本だが、なかなかどうして読ませる一冊。さながら、140年を誇る昆布商の主人が語る「昆布民俗学」の決定版と呼べるほどの充実した内容だ。 この黒くて地味な昆布、実は日本の近代化にも一役買っている。古くから蝦夷地で食されていた昆布がポピュラーになったのは江戸時代後半。松前(北海道)と大坂を往復しながら物資の売
梅﨑晴光はスポニチの競馬記者である。JRA中央競馬の担当になって20年以上のベテランだ。彼が家族旅行で出かけた沖縄でレンタカーを走らせていた時のことだ。「美ら海水族館」に隣接する備瀬の名所「フクギ並木」近くで道幅が突然広くなり、それが200メートルも続いている場所に出た。地元のおばあさんから無料の駐車場であること、そして戦前は競馬場であったことを教えられて驚

大正という時代にはとても浪漫を感じる。日本の古き良き時代といったときに想像するのがこの時代だ。エロ・グロ・ナンセンスといった大衆文化が花開き、ファッションは和洋折衷で独自のスタイルが形成されていた。なかでも 『はいからさんが通る』 に出てきたような袴にブーツというスタイルはいま見ても魅力的である。また大正時代のキモノは柄が大胆で斬新なものが多い。アール・デコ

高野秀行の魅力は高い親和力だと思っている。ノンフィクション作家は好奇心が強いのは当たり前。しかし相手のことを無視して、自分の取材のためだけに突き進み、相手に嫌われるまでになるのは、作品としてすごいと思っても、ちょっと嫌だ。 大学時代に怪獣さがしに行ったデビュー作『幻獣ムベンベを追え』(集英社文庫)からその態度は全く変わっていない。好奇心はいっぱいで、何か異質

この作品は大正14年に都新聞なる新聞の演芸欄に連載されていたものを、昭和39年に一度単行本化、その後復刊されたものだ。インタビュー方式といえば言いうだろうか。都新聞の記者である宮内好太郎が喜熨斗古登子(きのし ことこ)に江戸末期から明治初めにかけての吉原について質問し、古登子が語るという形式で書かれている。この喜熨斗古登子なる人物は、歌舞伎役者の初代市川猿之
続・群馬の逆襲 (笑う地域活性化本) HONZメンバーが最近熱く注目している大阪などは、名産名所が山ほどあるので御当地ランキングなんか気にもしないだろう。 しかし私の出身である群馬県は、2008年度47都道府県「地域ブランド力」調査で、なんと最下位だった。地元話をしても群馬については「えと…東北?だっけ?」みたいな反応も少なくない。地方出身が多いHONZメン
わたしは菊人形バンザイ研究者 一冊もご本を読んだことはないのであるが、出久根達郎さんが好きである。どうして好きなのかというと、『 世にも奇妙な人体実験の歴史 』 の 朝日新聞・書評 の最後に「軽妙な訳文が読みやすく、仲野徹の解説も要領よく秀逸である。」とお誉めいただいたからである。ご本を何冊か読んでからお礼状をと思いつつほったらかしになっているので、ここにお

本書によれば、サンタクロースが日本に最初に登場したのは明治7年。裃(かみしも)を身につけ、大小の刀を腰に差し、大森かつらを頭にかぶった「殿様風」の装いだったという。その格好で一体何をしたというのか?善意かどうかはさておき、やっていること自体は忠臣蔵とほぼ同じだ。カマドから出てきてホウ!ホウ!などと言ったら怖いではないか。子供は喜ぶのか。その頃はきっと、サンタ
職業外伝 紅の巻 (ポプラ文庫) 職業外伝 白の巻 (ポプラ文庫) 飴細工師、俗曲師、銭湯絵師、へび屋、街頭紙芝居師、野州麻紙紙漉人、幇間、彫師、能装束師、席亭、見世物師、真剣師。 イタコ、映画看板絵師、宮内庁式部職鵜匠、荻江流家元、琵琶盲僧、蝋人形師、チンドン屋、流し… 紅と白、二冊の『職業外伝』で紹介された、滅びつつある仕事の数々である。取材開始が20年

正直にいうと、私は長期間、遠くに行くのがあまり好きではない。理由はわからないが、子供の頃からそうだったし、今もそうだ。 もしかしたら、根っからの農耕民的な性格を引き継いでいるのかもしれない。江戸時代の農民にでも生まれていたら、一生の大半を生まれた村から出ることなく生きたであろう。そんな出不精な私が、たまたま手に取ってしまったのが、私とは正反対の生活を営む放浪