
最相葉月さんのエッセイ集『母の最終講義』、僭越ながらのレビューでござる
う~ん、あかんがな。読み始めてすぐにそう思った。エッセイとは本来こういうものを言うのだろう。う~ん。なにがあかんか、まずはその話から。 最相葉月さんといえば、押しも押されもせぬノンフィクションライターだ。『絶対音感』を読んだ時の衝撃-テーマへの迫り方の凄さ-は今でもよく覚えている。それだけではなく、エッセイの名手でもある。 ずいぶんと前になるが、「我が心の町
3,645記事

う~ん、あかんがな。読み始めてすぐにそう思った。エッセイとは本来こういうものを言うのだろう。う~ん。なにがあかんか、まずはその話から。 最相葉月さんといえば、押しも押されもせぬノンフィクションライターだ。『絶対音感』を読んだ時の衝撃-テーマへの迫り方の凄さ-は今でもよく覚えている。それだけではなく、エッセイの名手でもある。 ずいぶんと前になるが、「我が心の町

2022年2月24日、ロシア連邦がウクライナへ軍事侵攻を開始した。ロシアは東側諸国の多くを敵にまわし、カレンダーなどでマッチョな姿を披露していたプーチン大統領は、今では悪の首領のようにとらえられている。インターネットが発達した今、ロシアの中にも反体制派がいることを多くの人は知っているが、戦争が始まり1年が経っても和平への道は見えてこない。 東西冷戦時代、日本

プロ野球がキャンプインし、いよいよ開幕がみえてきた。そんな心躍るタイミングで、抜群に面白いスポーツノンフィクションが出版された。 昨年のプロ野球は、阪神タイガースの38年ぶりの日本一で盛り上がった。優勝を意味する隠語である岡田彰布監督の「アレ」は、「A.R.E.」というチームスローガンになり、年末の新語・流行語大賞にも選ばれた。大阪の街は虎一色に染まり、優勝

12年前『驚きの介護民俗学』(医学書院)という本を書店で見つけた。著者の六車由実さんは『神、人を喰う』でサントリー学芸賞を受賞した民俗学者ではないか。なぜ介護の世界に身を置くことになったのか。 その経緯は『驚きの介護民俗学』に詳しく書かれているが、介護の現場に民俗学の手法である「聞き書き」を取り入れた六車さんは、高齢者との間に強固な信頼関係を築きあげた。現在

警視庁を担当する記者からの一報に驚いた。 「『東アジア反日武装戦線』のメンバー身柄確保との情報」 1974年から75年にかけて起きた連続企業爆破事件に関わった東アジア反日武装戦線のメンバーで重要指名手配犯の桐島聡(70)とみられる男が、警視庁に身柄を確保された。男は末期がんで、別の名前で鎌倉の病院に入院していたが、「桐島聡です」と名乗り出たという。本人と確認

「これほど読む前から面白いに決まっている本はそうそうないはずだ」 米国の腫瘍内科医であるシッダールタ・ムカジーによるピュリッツァー賞受賞作『病の皇帝「がん」に挑む─人類4000年の苦闘』が『がん─4000年の歴史─』として文庫化された時、次作『遺伝子─親密なる人類史─』への期待をこめて解説の最後に書いた文である。この本の原著 『The Song of the

『昆虫絶滅』、なんとも刺激的なタイトルだ。まずはプロローグで、「昆虫のいない世界」がいかなるディストピアであるかが描かれる。 昆虫がいなくなった世界といえば、およそ半世紀前に出版されたレイチェル・カーソンの古典的名著『沈黙の春』を思い浮かべる人もおられるだろう。殺虫剤や農薬―当時の主流はDDTである―の使用により昆虫がいなくなってしまう。その結果、食物連鎖の

未来をあれこれ空想する際、話は断然デカい方が良い。評者の周囲にも投資家はたくさんいるが、彼らはいったいいくら投資するのだろう? 1億円、10億円、100億円? しかし100兆円投資できる資産家は、世界に幾人もいないのではないか。 そこで大金が入る前にちょっと考えておこう。いま手元に100兆円あったら、何に使ったらよいだろう?(How to Spend a T

2023年の有馬記念を制したのは前年の日本ダービー馬 「ドゥデュース」 だった。騎乗の武豊に「千両役者ここにあり」とアナウンサーが叫ぶほど見事なレース運びだった。 このような中央競馬会の重賞レースに出走できる馬はごく一部だ。 競馬業界では毎年約7000頭のサラブレッドが生産され、一方では約6000頭が引退する。ではその引退馬はどこへ行ってしまうのか。 この話

全集は月報が面白い。月報とは、全集の各巻が刊行されるごとに差しはさまれる小冊子のこと。ようするに附録である。著者ゆかりの人物がエッセイでとっておきのエピソードを明かしていたり、著者の素顔について語られた座談会があったり、附録とはいえ内容は充実している。文学研究者のあいだでも、月報は作家の人となりを知ることができる貴重な資料とされる。 講談社文芸文庫 には月報

2023年も押し詰まった、ある日のあさイチの映画館。シネコンで一番広いスクリーンなのにほぼ満席だ。「PERFECT DAYS」が公開されて1週間で評判はうなぎのぼりである。年末の仕事を終えて私が3日前に予約したときは1/3ほどの埋まり方だった。 中高年のカップルが多い。ポップコーンと飲み物はだいたい女性が持っている。男性は座席の場所を探し奥に入ろうとして「こ

今年も日本各地で地震が頻発する1年だった。地球科学を専門とする私には、ある意味で予測されていることでもある。 というのは12年前の東日本大震災以来、「大地変動の時代」に突入した日本列島としてはノーマルの姿なのである。すなわち、これから首都直下地震、南海トラフ巨大地震、富士山噴火の3点セットが控えているからだ。 今年は関東大震災100周年の年だ。今からちょうど

2021年3月初旬「美術家」の篠田桃紅さんが亡くなったというニュースが流れた。享年107。一世紀以上、日本の美術界で独特の光を放ちつづけた存在である。5歳のときに父親から書の手ほどきをうけ、戦後まもなく墨を用いた抽象表現という新たな地平を切り開き、1956年に渡米。ニューヨークで評価され日本に帰国後は、膨大な作品を制作した。 言わずもがな、だが、このプロフィ

キツネの家畜化実験、 ナショナルジオグラフィックなどで紹介 されたりしているので、その驚くべき成果の概要をご存じの方も多いだろう。かくいう私も人並みならぬ興味を持ってこの壮大な研究を見つめてきたのだが、その裏で、研究成果にも劣らぬ人間ドラマがあったとはまったく知らなかった。主人公はふたり。ひとりはキツネの家畜化実験を考案し、1952年に始動し1985年に亡く

はいさい。 ヤンバルクイナを見たい。当初の予定はそれであった。 「HONZ生きものがかり」の塩田春香と軽い腰をあげて南へ飛んだのはこの秋のこと。沖縄への自然探索の旅である。 そして、無事にヤンバルクイナを見ての、その帰りの最終日の夜のことだ。 私たちはとある那覇の人気店でアグー豚を食べていた。隣では愉快な地元のおじぃが楽しそうにやはり、アグー豚を食していた。

「東京五輪の招致は、僕でなければできなかった」 東京五輪・パラリンピックが閉幕して1年後の2022年7月、男は若い記者にそう胸を張った。男の名は高橋治之。世界的な広告会社「電通」で専務まで務めた後、コンサルタント会社代表に転じ、東京招致委員会では「スペシャルアドバイザー」の肩書を持っていた。「スポーツビジネスの第一人者」との呼び声も高い人物だ。 「まず僕が数

いよいよ年の終わりが見えてきました。ここからの季節、年末年始は重厚なノンフィクションの読み時、ということで今年も多くの本が出版されそうです。1月は1年の始まりということで、今後の世界を予測するノンフィクションなどが目立ちました。 は以前話題となった『人口で語る世界史』の著者、ポール・モーランドの新刊です。少子化は政策の影響より個人の思想の影響の方が大きい、高

記憶の風化を止めるには新しい世代に記憶を移植するしかない。誰かに継代されることで災害の防御にも繋がっていく。 『災害の記憶を解きほぐす』(新曜社)は関西学院大学社会学部、金菱清ゼミの学生たちが、28年前に起こった阪神淡路大震災の体験者たちに当時と現在の状況、その間の経緯を取材しまとめた一冊だ。 金菱清教授は東北学院大学在籍中、専門の災害社会学研究の一環として

トマス・クーンという名前を聞いたことがある人は少なくないだろう。『科学革命の構造』 という科学古典の著者だが、ちゃんと読んだ人は意外と多くない。 科学の歴史を見ると、天動説から地動説、またニュートン力学から量子力学へというように、革命的に大きく見方が変わるイベントが何回もある。 今から60年ほど前、マサチューセッツ工科大学の科学史教授の著者は、こうした革命の

2022年8月10日、北九州市小倉駅近くの旦過市場に隣接する「昭和館」という映画館が焼失した。もらい火ではあったが、創業83年の歴史を見てきた映写機もフィルムもスクリーンも、たくさんの映画スターのサインや小説家の手紙も何もかもが燃えて無くなってしまったのだ。 残ったのは「昭和館①②」というネオンサインとチケット売り場の表札だけ。 祖父が創業し、父から後を継い

これまでたくさんの本やエッセイを書いてきた著者だが、意外にもプライベートな暮らしについては、ほとんど書いたことがないという。本書はここ20年余りの二拠点生活について書かれた一冊だ。 著者は50代で八ヶ岳南麓に土地を買った。八ヶ岳には東麓と西麓もあるが(北側は霧ヶ峰へと続くため北麓はない)、東麓には夕陽がなく、西麓には朝日がない。一方、八ヶ岳南麓は年間日照時間

人生でもっとも長いおつきあいの書店は、紀伊國屋書店新宿本店である。かれこれ35年。つきあいが長くなれば倦怠期だってありそうなものだが、半日滞在しようが、週に何度も通おうが、いまだに飽きることがない。行くたびに発見や刺激があるのだ。こんな素晴らしい場所、他にあるだろうか。 本書は新宿本店で25年間にわたり文学書売り場に立ち続けた名物書店員の回想録である。とにか

ご依頼をうけて、キャリアパスとか、人生いかに楽しく生きるべきかとかいう講演をすることがある。我ながら僭越なことではある。ひょっとしたら、面白おかしく過ごしながら、そこそこ業績をあげたおっちゃんと思われているかもしれん。そこはそれレトリックみたいなものであって、本当は血の滲むような努力をし、苦しいことがあっても笑顔で耐えてきたのである。 というのは、やっぱりウ

本書を読み始めてすぐ、これは映画やドラマ化のオファーが殺到するのではないかと思った。映像化された際の宣伝文句はおそらく次のようなものだろう。 「韓国社会を震撼させた『n番部屋事件』。前代未聞のデジタル性犯罪の実態を暴いたのは2人の女子学生だった!」 卑劣な犯罪に立ち向かう女子学生のバディもの。さぞや痛快な物語に仕上がるのではないか。 だが、読み進むうちに考え

幸福に生きていくには、『すばやく変化に気づき、最適に対応するための人生戦略』が必要だ。そう力強く説く認知心理学者・神経科学者であるアデレード大学エレーヌ・フォックス教授へのインタビュー。きっと生き方を変えるヒントが見つかるはず! 仲野 長い間、科学者として生活してきました。まずその立場から申し上げたいのは、「切り替える力(スイッチクラフト)」―必要な時には躊

万葉集が編まれた頃、富士山の頂上から噴気がなびいていた。つまり、当時の人々は富士山が「生きている」ことを知っていたのである。その後は何回も噴火を繰り返したが、最近の富士山はいたって静かである。 そして前回の噴火は江戸時代中期の1707年だから、日本人は300年ほど富士山の活動を目撃していない(小山真人著『富士山』岩波新書)。 日本最大の活火山である富士山は、

彼の強さを確認するのは容易い。たとえば「井上尚弥 パヤノ」で検索してみよう。それだけで何本もの動画を見つけることができる。 2018年10月7日、横浜アリーナで行われたこの試合は、バンタム級最強を決めるトーナメント「ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ」の一回戦であるとともに、WBA世界バンタム級タイトルマッチでもあった。 勝負は一瞬でついた。王者の井上

1981年に刊行された 『窓ぎわのトットちゃん』 は現在まで読み継がれ空前のベストセラー、ロングセラーとなっている。日本人のほとんどが「トットちゃん」は黒柳徹子のことだと知っているってすごいことだ。 さらに芸歴70年で今も第一線で活躍し、冠番組の「徹子の部屋」は2023年9月に、同一司会者によるテレビ番組最多放送のギネス記録を更新した。黒柳徹子さんは生ける芸

読書週間が始まっています。今は読書週間が拡大して読書月間になって、読書の秋を盛り上げています。そんな今月の先月出た本。1冊目は『なぜ私たちは燃え尽きてしまうのか』から。 最近「バーンアウト症候群」という言葉がよく聞かれます。まさに“燃え尽き”ですが、耳慣れた言葉に思えて、この意味は正確に理解されていないのだそうです。この文化を終わらせるためにはまずは知ること

1680年4月5日の夜明け、イギリス人を中心とした331人のバッカニアが遠征の途に就いた。この遠征は現在のパナマ領内に横たわるダリエン地峡を大西洋側から徒歩で越え、太平洋側のスペイン植民地を襲撃するという、途方もなく野心的な試みであった。彼らの行く手にはこれまで何度もヨーロッパ人を拒み続けてきた鬱蒼としたジャングルと連なる山々が待ち構えているのだ。 この遠征

4年前、東京・霞が関の家庭裁判所で、離婚調停のために訪れた女性が男にナイフで切りつけられ殺害された。逮捕された男は米国籍で、亡くなった女性の夫だった。 検察は鑑定留置の結果、責任能力に問題はないと判断し、殺人などの罪で男を起訴、懲役22年を求刑する。一方、弁護側は統合失調症による心神喪失を主張した。2023年10月20日、東京地方裁判所は、妄想や幻聴の影響で

津波について、ほとんど何も知らなかった。この本を読んだ感想をひとことで書くとそういうことになる。本当に勉強になった。世界中で過去におこった津波について、さまざまなエピソードがわかりやすく綴られていく。 よく知られているように、Tsunami は日本語から世界共通語になった数少ない言葉のひとつだ。語源からいくと、「津(=港)をおそう波」、すなわに「港の内部に押

ロビン・ダンバーは、彼が提唱した「ダンバー数」とともに、その名が広く知られている研究者である。ダンバー数とは、ヒトが安定的に社会的関係を築ける人数のことであり、具体的には約150と見積もられている。ダンバーは、霊長類各種の脳の大きさ(とくに新皮質の大きさ)と集団サイズの間に相関関係があることを見てとり、ヒトの平均的な集団サイズとしてその数をはじき出したのであ

近年、遺伝子研究が進展してきたことで身長や顔といった見た目の要素だけでなく、「学歴」のような生涯収入やそれに伴う生活の質に直結する部分も遺伝子の影響を受けることがわかってきた。しかしそうしたデータは気軽に世に出すと、何度否定されても議論が絶えることのない優生学や、何をもってして社会は「平等」や「公平」といえる状態になるかといった、簡単には答えのでない議論を呼

昨年の11月、『笑い神 M-1、その純情と狂気』が発売され、ノンフィクション業界では大きな話題になりました。気づけば11月~12月はお笑いの季節として定着してきたようです。今年もいくつか気になるお笑い本が出てきます。中でも注目したいのが『M-1はじめました。』です。 著者、谷良一さんはM-1グランプリをつくった元吉本社員。そこにはお笑いブーム、漫才ブームを立

初めてフェミニズムに触れたのは10代の頃、上野千鶴子氏の『セクシィ・ギャルの大研究』がきっかけだった。もちろん現在の岩波現代文庫版ではなく光文社のカッパ・サイエンス版で、タイトルだけ見てそそくさとレジに持って行ったのをおぼえている。 ところが読みはじめて面食らった。そこには10代男子が期待していたようなスケベな話は一切なく、むしろこちらのスケベな視線そのもの

国連が世界の総人口が80億人を突破する推計を発表した。こうした中で人類が近い将来に直面する「滅びのシナリオ」を25項目取り上げ、「科学的根拠」と「回避する方法」を提示したのが本書である。 コンピューターサイエンスで修士号を取得した著者は、ノースカロライナ州立大学の工学起業プログラムを主催する。全米のラジオやテレビ番組で難しい内容を平易に伝える科学ジャーナリス

2000年の夏、ある子どもが家族で北京の公園に遊びに行った。広いその公園には、お化け屋敷のようなものがあった。こわごわ暗闇の中に入っていくと、ゴワゴワした髪の毛の首つり女の人形や、地獄の鬼卒がいた。なぜかそこにティラノサウルスが現れた。 針の山で血みどろになったおじさんや、血の池地獄で煮られているおじさんの間に、草をはむステゴサウルスもいる。最初は怖がってい

この『未来から来た男 ジョン・フォン・ノイマン』はその名の通りジョン・フォン・ノイマンの伝記である。1903年生まれの1957年没。数学からはじまって、物理学、計算機科学、ゲーム理論、気象学など幅広い分野で革新的な成果をあげつづけ、史上最高の天才など、彼を称える言葉に際限はない。彼と同時代を生きた人物に、クルト・ゲーデルやアルベルト・アインシュタインなどそう

こんなに面白い伝記を読んだのは初めてかもしれない。「面白い」という言葉には、「ワクワクする」「興味深い」「楽しい」「目が離せない」「胸が熱くなる」「笑える」などいろいろなニュアンスが含まれるが、本書にはそのすべてが詰まっている(実際、声をあげて笑った箇所もあった)。間違いなく今年を代表するノンフィクションだ。 イーロン・マスクを知らない人はおそらく少数派だろ