
『愛と怒りの行動経済学 賢い人は感情で決める』その感情は意外に合理的かも
意思決定のプロセスでいつも感情に左右されがちと嘆いている人にとっては朗報だ。本書によると必ずしも感情的になるのは悪い事ではないようだ。 仕事や日常生活の中で私たちは常に何らかの決定を迫られて日々生きている。そして、意思決定の際に理性と感情のせめぎ合いを経験し、感情を排して合理的に決断できない自分に少なからず自責の念を感じているのではないだろうか。しかし、本書
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意思決定のプロセスでいつも感情に左右されがちと嘆いている人にとっては朗報だ。本書によると必ずしも感情的になるのは悪い事ではないようだ。 仕事や日常生活の中で私たちは常に何らかの決定を迫られて日々生きている。そして、意思決定の際に理性と感情のせめぎ合いを経験し、感情を排して合理的に決断できない自分に少なからず自責の念を感じているのではないだろうか。しかし、本書

近年、アスペルガーやADHDといった発達障害が注目を集めている。本書の冒頭でも述べられているが、テレビドラマの登場人物でも発達障害を持っていると思われる行動をとる人物が活躍する作品が増えている。 海外ドラマ『 クリミナル・マインド 』のDr.スペンサー・リードやBBC制作の『 シャーロック 』のシャーロック・ホームズなどは明らかにアスペルガー症候群の特徴を示

「同じ年齢なのにどうしてこうも違うのか」と思うことが少なくない。たとえば同じ60歳でも、Aさんは背筋がピンとしていて、肌には張りがあり、病気などどこ吹く風。それに対してBさんは、腰が曲がっていて、肌にはシミやたるみが目立ち、多くの慢性的な疾患に悩まされている。では、AさんとBさんはどうしてそれほど違っているのだろう。 ふたりの違いに大きく関係しているのが、「

選択できるということは途方もない利益をもたらす。そして、選択できることは好ましいことと考えられている。一方で、同時に多大な負担を強いる。人間の時間と集中力は限られており、ときに不合理な選択や行動をしでかす。すべての選択について都度立ち止まって学習することは難しく、それが楽しいとも限らない。 だから、人類は歴史を通じて様々な工夫をしてきた。ナッジ(Nudge)

こんな心理学の実験がある。 ある女性が売春の罪で起訴され、留置所から保釈されるのを待っている(という架空の裁判事例の実験だ)。この実験に参加した実在の判事たちは、2つのグループに分かれていた。一方のグループは、売春婦に標準的な保釈金を課したが、もう一方のグループはその9倍以上にもなる高額な保釈金を求めた。 判事とは公正で理性的な判断を

生殖医療技術と遺伝子改変技術の目覚しい進展により、人類はすでに、自分たちの遺伝子を改変する時代に入っている。 本書の「遺伝子改変は"どこまで"許されるのか」というタイトルは、いま議論すべき喫緊の課題である。本書では、生命倫理学の専門家である著者が、生殖医療技術と遺伝子改変技術の過去と現在を紹介しつつ、この課題の落としどころを冷静に探ってゆく。 ゲノム編集技術

昨年の初夏、父が亡くなった。ある日、突然動けなくなり末期の肺がんだと診断された。担当医師は「夏を越えるくらいまで」という。告知をどうするか、私たち家族は悩んだ。 本書は日赤医療センターで、進行がん、特に肺がんの治療を専門とする國頭英夫医師が、日本赤十字看護大学の1年生に行ったコミュニケーション論の講義録である。 看護師を目指してこの大学に入ったとはいえ、つい

本書のタイトルを見て、「これはまさに自分のための本ではないか!」と思い手に取られた読者の方も多いことだろう。なかなか減らない労働時間、息つく暇もない育児や介護、なくならないサービス残業、改善しないワーク・ライフ・バランス……。メディアなどでしばしば取り上げられるこれらの問題が明示しているように、日本ほど「時間がない」と感じる人々がたくさん暮らしている国は、他

私たち当事者は、人として破綻しているわけではなく、ただ「見えない病気になっているだけ」なのです。私は、当事者がこれほどまで無理解な状況におかれている現状に強い憤りを覚えます。 自分のことを言われているような気がして胸がチクチクする。いや、まさに自分のことだ。正直に書いておくが、統合失調症をもっと理解しようと思う自分 vs ちょっと遠慮したいと思う自分のせめぎ

記憶がえてして頼りないものであることは、いまではよく知られている。その象徴的かつ重大な例としてすぐに思い浮かぶのは、記憶違いにもとづく冤罪事件だろう。国際的な非営利団体の報告によると、2015年にDNA鑑定によって受刑者の無実が証明された事件は325件あった。そしてそのうち、じつに235件もの事件で目撃者の誤認が関わっていたというのである。 記憶違いの問題は

大病というのは人生の意味を明確にするはずだったが、私にわかったのは自分が死ぬということだけだった。でも、そのことは以前から知っていたのだ。 誰もがうらやむような経歴を持つ若き脳神経外科医が、不治の肺がんとの診断をうけた。それまでに学んできた哲学と医学を最大限に活かし、自らの人生と病いを深く洞察し、奇跡など決して信じることなく、行く末にある死を冷徹に見つめ、生

キラーストレスという言葉は造語であり、学術的に特別なストレスが存在するわけではない。しかし、近年の目覚しい科学の発展によって、いくつものストレス要因が重なると、ただのストレスでも命に関わるような病気の原因になる事が明らかになってきた。本書は最新のストレス研究を扱ったNHKのテレビ番組『 NHKスペシャルシリーズ「キラーストレス」 』の書籍化である。 テレビシ

2014年1月、《ニューヨーク・タイムズ》紙に「私にはあとどれくらいの時間が残されているのだろう」と題したエッセイが載った。執筆者はエッセイのなかで、自らの末期がんを告白しており、余命が不確かななかでどう生きたらいいかわからずに葛藤しながらも、やがて前を向き、仕事に復帰する決意をするまでの経緯が綴られていた。その執筆者とは、スタ

今年のアメリカ大統領選挙で勝利するのは誰か? 豊洲新市場は来年3月までに開場する? 消費税は2019年10月に10%へ引き上げられるだろうか? わたしたちはそうした事柄について日々自分なりの予測を立てている。「大統領選挙では間違いなくヒラリー・クリントンが勝利するだろうが、豊洲市場の開場にはおそらくもう少し時間がかかるだろう」という具合に。そうした予測がえて

時間は充分にあったはずなのに、締め切り間際まで仕事がはじめられない。ついつい悪態をついてしまう。酒を飲んではいけない時に飲みすぎる──いわゆる「悪癖」はままならない人生に常につきまとう影のようなものだが、本書はそこに切り込んで「実は、悪いと言われていることにも効用があるんじゃないの?」と問いかけてみせる。そうだったら実に嬉しい話だ。 本書では1章が「セックス

戦場体験、交通事故、家庭内暴力、性的虐待、ネグレクト…。人はそうした恐ろしい経験によって、絶望的なまでに過去に囚われてしまうことがある。もともとの体験はもう何年も前のことだというのに、いまだに悪夢やフラッシュバックに襲われたり、爆発的な憤激や感情の麻痺に陥ったり。しかし、そのようにトラウマを負っている人は、正確に言ってどのような状態にあるのか。また、そうした

触って、触られて――。他人とのそうした身体的接触を、人生最大の愉しみと考える人も少なくないだろう。しかし、「なぜ感じるのか」「どう感じるのか」という問いに何かしらの答えを与えられるという人は、おそらくほとんどいないのではないか。本書は、そのようなめくるめく触覚の世界とその裏側に、 『快感回路』 などの著書でも知られる神経科学者がやさしく案内するものである。

日本人の記憶から、らい病(ハンセン病)の記憶は薄らぎつつある。50歳を超えた私でも実際の患者さんを直接見ることはなく、小泉内閣のときに 国家賠償が行われるというニュースで初めてその歴史をかいま見たぐらいだ。それは遠い物語のようだった。 1873(明治6)年、ノルウェーのハンセンがらい菌を発見し、1907(明治40)年、日本に「癩予防に関する件」が制定された。

人間にとってただ一つ確実なことは、いずれ死ぬということだけだ。しかし、いつ死ぬのか、どのように死ぬのかはわからない。年老いて不自由になった時、不治の病にかかった時、あなたはどのような人生を望むつもりだろう。医学が発達しているからなんとかしてもらえると思っている人がほとんどではないか。しかし、その考えは、この本の冒頭にある文章を読んだだけで打ち砕かれる。 わず

マルチタスクが注意力の欠如を招き、人々のパフォーマンスを低下させることの危険性は近年度々指摘されている。だが、そうは言われても「ながら作業」が既に習慣となってしまい、なかなかやめられない方も多いことだろう。 本書は19歳の若者が「ながら運転」の末に起こした事件の真相を追うと同時に、現代の高度情報化社会の危険性を主に神経科学の立場から明らかにしている。だが、こ

ポケモンGOが社会現象化している。街中を歩いていても、スマホを見ながら歩いていて、急に立ち止まっては、スマホの画面を上のほうにスワイプする動き(ポケモンボールを投げるときのしぐさ)をしている人をよく見かける。ポケモンGOのアプリが配信されてからというもの、連日のようにポケモンGOをやりながら車や自転車を運転して事故を起こしたというニュースが流れている。駅など

どんなときでも冷静で、感情的になることはけっしてない――医師に対してそうしたイメージを抱いている人は少なくないだろう。だがもちろん、彼らも人の子であり、そうしたイメージそのままであるわけがない。ふだんはどんなに冷静な医師であっても、ときとして強力な感情に圧倒されてしまうことがあるはずだ。それならば、医師は現場で実際にどんな感情を抱いているのか。そして、そうし

脳外科医のやり甲斐と厳しさ、イギリスの医療制度のひどさ、マーシュ先生の清々しい生きざま、そして、こういった内容が流れるように綴られる美しい文章。読みながら、さまざまな感慨を込めた溜め息をなんどもついた。素晴らしい本だ。 タイトルどおり、イギリスの有名脳外科医・マーシュ先生のエッセイ集である。25のエピソード、それぞれにマーシュ先生の思い出がつまっている。タイ

健康診断を怠っている。フリーランスになってからというもの、よっぽど具合が悪くなければ医者に行くということもない。しかし、自分の健康を過信しているわけでもない。物忘れがひどければ「若年性の認知症?」と怯えるし、動悸が激しければ「心筋梗塞?」と脈を計る。手足が痺れると「脳梗塞」を疑い、しばらく様子を見たりする。 一般的には60歳以上に多いという脳梗塞。しかし鈴木

HONZが送り出す、期待の新メンバー登場! 澤畑 塁は某大学出版会に勤める、爽やかな営業マンである。HONZメンバーの誰よりもHONZらしい選書と、驚きのスピードでレビューを量産していくことだろう。今後の彼の活躍にどうぞご期待ください!(HONZ編集部) 人間の脳は宇宙のなかで最も複雑かつ精巧であるとよく言われる。そして、それほど複雑かつ精巧であるゆえ、一見

死は生の対極ではなく、まぎれもなく生に内包された概念である。それでも我々は、豊かに生きることに精いっぱいで、「豊かに死ぬ」ために必要なことを、あまりにも知らない。かつてないほど長生きをするようになった現代社会だからこそ、見落としてしまうことの数々。現役外科医にして「ニューヨーカー」誌のライターでもある著者ガワンデが、「生と死の狭間」の意味を痛切に問いかける。

その存在は古代エジプトの世から知られていた。存在が知られる前からも、多くの人の命がそれによって奪われていたはずだ。ずっと名前はなかったが、ギリシア時代になってようやく、あの医聖ヒポクラテスによってつけられた。しかし、人々はその本質を見誤っていた。ありもしない『体液』の異常によるものであると思い込まされていたのだ。その実体が、細胞の異常な増殖による、と正しく理

何やらそそられるタイトルだ。とらえどころのない「こつ」と「スランプ」の正体に、いかにして迫っていくのか。そもそも、それらは研究できるものなのか。期待と不安が入り混じるまま読み進めた先に待っていたのは、思わぬアプローチと意外な着地点だった。 実は、「こつ」や「スランプ」についての話は本書の一面に過ぎない。研究対象とされているのはより広い領域、「身体知」である。

運転中に携帯メールをしていた青年が悲惨な事故を起こしてしまう― それが本書成立の大きなモチーフになったできごとである。そして本書は、「悲惨な事故」のいきさつや顛末を追った人間ドラマであると同時に、その原因になった「運転中の携帯使用」に関する最新の研究や知見を追った科学ルポでもある。それらを支えるのは膨大な取材活動だ。 とまあ、簡単にまとめ

われわれはたった今医学の歴史を作った ルネ・ファバローロが世界で初めて心臓のバイパス手術を成功させたとき、ファバローロの仲間は高らかにそう宣言した。この宣言は決して大げさなものではない。なにしろ、ファバローロらによる バイパス手術 の手法が確立するまで、冠動脈の塞栓が原因となるありふれた疾患を含む多くの心臓病に直接的な治療の手段は存在しなかったのだ。 ファバ

右にせよ、左にせよ、極端に意見が偏っている人ほど声がでかい。おそらく正解はその中間のどこかにあるはずだが、そこに位置するマジョリティ達は、自ら多くを語ろうとはしない。いずれにしても、両極のどちらが正しいのかという観点からは、何も生まれぬままに終わるケースが多いだろう。 近代以降の歴史を振り返ると、この手の問題はあらゆる領域に蔓延していた様子が見てとれる。そし

記憶と知識の違いは何か、そもそも幼児はどのようにして言葉を学びはじめるのか、覚えても使えない知識と新しいことを生み出すことができる知識は何が違うのか、凡人と一流、そして超一流の学び方の違いは何か。「学び」についての疑問は、人生のどの局面においても好奇心をそそられる。 しかし、何を「学び」と定義するかはひとりひとり違う考えを持っており、「よい学び」という価値判

「理想のリーダー像」をめぐる議論は、いつの時代も絶えることがない。局面によって「理想」の中身が異なることからしても、答えのない問いだと言えるだろう。そんな中、意外な角度からこの話題に一石を投じる人物が現れた。 精神科医である著者は、政治や軍事、ビジネスといった分野のリーダーに着目し、「危機の局面においては、うつや双極性障害、統合失調症などの精神障害を持つ人の

本書で取り上げられる発達障害は、教育現場でその問題が指摘される自閉症スペクトラム障害や ディスレクシア などから、遺伝子疾患による ウィリアムズ症候群 まで幅広い。発達障害そのものではなく、「乳幼児の心と脳の発達」を研究の重心としてきた心理学者である著者は、従来は社会性の障害であるといわれていた発達障害に、視覚情報処理とその発達という科学的知見から新しい光を

著者の矢作理絵さんが患った病気は、100万人に5人の確率でなる「特発性再生不良性貧血」という厚生労働省指定の血液難病だ。本書では、著者曰く「汚くて、ダサくて、弱くて、もがきあがく、かなりかっこ悪い」闘病生活を追っていくのだが、その語り口が内容に似合わずとてもチャーミング。読み終わったあとには、元気と勇気で心が満たされる、そんな一冊です。 矢作さんは当時33歳

闇のきらめき──そんな言葉がぴったりの、みずからの闘病生活を綴った明るく澄んだ、詩情豊かな回想録です。なぜ「闇」なのかといえば、著者が闇でしか生きられない病気に冒されているから。なぜ「きらめき」なのかといえば、暗室で著者のつむぐ言葉が、みずみずしい感性と輝く知性できらめいているからです。 著者は大学を卒業後、国家公務員として仕事に邁進していましたが、2005

「好事魔多し」とはよく言ったものだ。 もろもろの多難を乗り越え、ようやく安定が見えてきたころ、ドカンと足元に大きな穴が開く。人生にはよくあることだと言われるかもしれない。 でも、あとからよく考えてみると、その穴は突然できたわけじゃなく、少しずつ広げられていったものなのだ。多忙な期間は、見たくないから知りたくないから、いろいろな理由を付けて良い方に解釈してきた

『救命センター』シリーズは、スタートからもう何年になるのだろうと、書庫から浜辺先生のデビュー作『こちら救命センター』を引っ張り出してみた。単行本の発行が1990年だから25年も経つのか。都立墨東病院に救命救急センターができ、先生が赴任したのが85年。救命救急医歴はなんと30年の大ベテランだ。今では立派な部長先生となっている。 このシリーズも本書で5巻目。今と

いまや、アルツハイマー病という疾患名はあまねく知られている。しかし、何がアルツハイマー病の原因なのか、どんな人がなりやすいのか、そして治療は可能なのか、となると、ほとんどの人は知らないだろう。恥ずかしながら、医学部で病理学を教えている私もよく知らなかった。研究が日進月歩であり、その原因や治療法についてはまだ確定的なことがわかっていないからだ、と、とりあえずの

『絶対音感』、『セラピスト』、『星新一』など多彩なテーマの著作で知られる最相葉月さんが、東工大にて非常勤講師として前期の4ヶ月間行った講義の記録である。この講義は池上彰さんの誘いによって実現したそうだ。東工大生、色々とうらやましすぎる。 「生涯を賭けるテーマをいかに選ぶか」というタイトルから、最相さんが毎回どのように著作のテーマを選ぶかを話すのかと予想する人