
『ヴィクトリア朝時代のインターネット』
インターネット30周年を祝うイベントが開かれていた1999年頃、ネット関連の会議などで頻繁に話題に上る本があった。それは、その前年に出版された本書『ヴィクトリア朝時代のインターネット(The Victorian Internet)』という不思議なタイトルの本だった。これを読んだ関係者が、「たかだか数十年の歴史しかないとされるインターネットだが、実はそのルーツ
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インターネット30周年を祝うイベントが開かれていた1999年頃、ネット関連の会議などで頻繁に話題に上る本があった。それは、その前年に出版された本書『ヴィクトリア朝時代のインターネット(The Victorian Internet)』という不思議なタイトルの本だった。これを読んだ関係者が、「たかだか数十年の歴史しかないとされるインターネットだが、実はそのルーツ

本書『絶海――英国船ウェイジャー号の地獄』は、2023年にダブルデイ社から刊行されたデイヴィッド・グランのノンフィクション、The Wager: A Tale of Shipwreck, Mutiny, and Murder の翻訳である。 原書は、刊行された2023年4月からこれまで40週以上連続でニューヨーク・タイムズのベストセラーリストにランクインして

ヘンリー・マーシュ先生。会ったことのない著者は呼び捨てにするのが習わしだろう。しかし、マーシュ先生の処女作を読んだときから、先生とつけて呼びたくなってしまっている。 医学部を卒業したが、医業を営まずに生命科学の基礎研究に従事していた。とはいえ、もちろん医師の友人も多い。医師同士は互いを「○○先生」と呼び合う。いささかおかしな習慣だと思うのだが、たとえ同級生同

「これほど読む前から面白いに決まっている本はそうそうないはずだ」 米国の腫瘍内科医であるシッダールタ・ムカジーによるピュリッツァー賞受賞作『病の皇帝「がん」に挑む─人類4000年の苦闘』が『がん─4000年の歴史─』として文庫化された時、次作『遺伝子─親密なる人類史─』への期待をこめて解説の最後に書いた文である。この本の原著 『The Song of the

角幡唯介の名を初めて知ったのは二〇一〇年、『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』を読んだ時だった。心底驚いた。探検――子どもの頃から思い描いていたイメージの探検――などというものは、すでに世の中からなくなってしまったと思い込んでいたからだ。しかし、その本には、真の探検があった。誰も踏査したことがないからというだけの理由で、命を懸けた冒険

2005年6月12日のスタンフォード大学の卒業式でのことだった。スピーチに立ったアップル創業者のスティーブ・ジョブズが、自分は大学を早々にドロップアウトしたのだがと前置きしてから波乱に満ちた自らの人生を語り、その締めくくりとして、若い頃に最も影響を受けた「ステイ、ハングリー。ステイ、フーリッシュ。」(Stay hungry. Stay foolish.)とい

著者ガブリエル・スタンリー・ブレアは、フランス・ノルマンディ地方 の小さな町に住む、アメリカ人作家、ブロガー、デザイナーであり、6人の子どもの母親である。初めての著書『Design Mom: How to Live With Kids』は、二冊目となった本書『射精責任』(原題:Ejaculate Responsibly: A Whole New Way to

始まったばかりだと思っていた21世紀も、気がつけばすでに1/4が経過しようとしているが、われわれが未来の象徴のように思っていた「新世紀」は、9.11のテロで幕を開け、リーマンショック、3.11の未曾有の災害と続き、挙句の果ては新型コロナという感染症の流行と前世紀の冷戦の影を引きずるようなウクライナ戦争の勃発で先が見えない。 その一方でデジタル化やネット化が確

近年、経済や情報のグローバル化が進み、地球規模で環境や格差などについて考える必要性が高まる中、従来の国民国家を前提としたナショナルヒストリーという狭い枠組みだけではなく、地球レベルで世界の歴史や秩序を捉え直すグローバルヒストリーという学問分野に注目が集まっている。 それ以前の欧米の学問的伝統では、歴史学というのはヨーロッパ諸国とそれに付随するアメリカの歴史に

本書は、David Christian, Future Stories: What's Next?, Little, Brown Spark (2022)の邦訳である。 「未来とは何か」。もっとも身近でありながら、けっして答えの出せない疑問だ。誰しも来たるべき未来を思い描いては、希望に胸を膨らませたり恐怖におののいたりする。生きている限り未来は必ずやって来る

本書は2021年9月に出版された、 A Vulnerable System: The History of Information Security in the Computer Age (脆弱なシステム――コンピュータ時代の情報セキュリティ史)の邦訳である。著者のアンドリュー・J・スチュアートは投資銀行で情報セキュリティの専門家として働く一方、ロンドン大

2022年7月8日の昼頃、本書『老警』の文庫解説を書き始めたちょうどその時、ニュース速報がスマホに届いた。 「安倍晋三元首相、奈良市で応援演説中に銃で撃たれ、心肺停止」 テレビを付けると、すでに臨時ニュースでその瞬間の映像が流されていた。 参議院選挙を二日後に控え、自民党候補の応援演説を行っている最中、安倍元総理は背後から狙撃されその場に倒れ込んだ。容疑者は

本書は2021年に刊行されたジェフ・ホーキンスのA Thousand Brains: A New Theory of Intelligence の全訳である。原書は2021年のフィナンシャル・タイムズ紙のベストブックに選出されたほか、ビル・ゲイツの「今年おすすめの5冊」にも選ばれ、「人工知能はとりわけSF作家の想像力をかきたてる題材だ。真のAIをつくり出すの

「ヒュッゲ」ということばをこのごろよく耳にする。ウィキペディアでは、「ウェルネスかつ満足な感情がもたらされ、居心地がよく快適で陽気な気分であることを表現するデンマーク語およびノルウェー語である」と解説している。家族や友人とおいしい飲み物やおつまみを囲みながら居心地の良いひと時をゆっくりすごす時間を「ヒュッゲな時間」と言うようである。『翻訳できない世界のことば

本書は洞窟ダイバーで水中探検家、作家、写真家、映画監督であるジル・ハイナースの生涯を描いた一冊である。 1965年、カナダのトロントで生まれたジルは、幼少期から探検が好きだったという。彼女の記憶に鮮烈に残るのは、家族旅行で出かけたコテージでのできごとだ。二歳だった彼女は、コテージ前の桟橋から足を滑らせ、湖に落ちてしまう。水中に落ちたジルは、本能的に呼吸を止め

本書の著者ブライアン・グリーンは、超弦理論と呼ばれるミクロな世界についての理論を、マクロな世界の極致というべき宇宙論に応用する研究や、より一般に宇宙素粒子物理学と呼ばれる分野の研究で、長年第一線に立ってきた物理学者である。しかもグリーンは専門の業績のみならず、一九九九年に刊行されて世界的な大ベストセラーとなった『エレガントな宇宙』(日本語版は二〇〇一年刊行)


今年は東日本大震災の発生から10年目という節目の年である。若い世代には当時の記憶をもたない人が増えてきた。東北沖で約1000年に1度というマグニチュード9の巨大地震が発生し、日本列島の地盤を東西へ5メートルほど引き伸ばしてしまった。このストレスを解消しようとして内陸では地震が頻繁に発生し、私が専門とする地球科学では、今後20年は止むことがないだろうと予測して

2011年7月15日、東日本大震災の混乱がおさまらぬなか、ノンフィクションに特化したインターネット書評サイト「HONZ」が船出しました。代表の成毛眞自らが選抜したレビュアー10名が半年間準備して創立したHONZは、ひたすら面白いノンフィクションを紹介しつづけ10年が経ちました。この間レビュアーは増え、紹介した本は延べ3000冊に及びます。今回、10周年を記念

まずは著者の紹介からはじめよう。 管賀江留郎氏は在野の研究者にして著述家である。長年、ウェブで「少年犯罪データベース」を主宰し、また2007年には、そこに集積された資料に基づいて『戦前の少年犯罪』(築地書館)を上梓した。 この本に盛り込まれた内容は、少年犯罪の“増加”や“凶悪化”に心を痛め、その元凶として、現代の薄情な潮勢から時代の風俗の病理、果ては戦後日本

すぐそこにある日常の中にこそ驚異がひそんでいる。材料科学という魔法の杖で著者が触れると、なじみ深い液体も、なんと魅惑的で不思議な姿を現すことだろう。 固体と気体のあいだにある「液体」という状態は、なるほど謎めいている。たとえば、スマホやテレビのディスプレイなどに使われる液晶。その名のように、液体と結晶(固体)の性質を併せ持つ。この奇妙さと電圧をかければ分子の

本書『怒りの時代││世界を覆う憤怒の近現代史』は、インドの評論家で作家のパンカジ・ミシュラのAge of Anger: A History of the Present を全訳したものである。原書は2017年1月、イギリスのアレン・レーンから刊行された。刊行直後からイギリスやアメリカを中心に話題となり、「ニューヨーク・タイムズ」や「ガーディアン」などの有力紙

本書は『やわらかな遺伝子』や『繁栄』など多くのベストセラーを世に送り出してきたマット・リドレーが昨年発表した『 How Innovation Works』 の全訳である。 リドレーといえば、『利己的な遺伝子』などで知られるリチャード・ドーキンスと並び称される科学啓蒙家だ。一般読者向けに科学についてわかりやすく解き明かす名手である。しかも彼が語るのはいわゆる科


いまやGPSのおかげで道に迷うことも少なくなった。とはいえ、こうした利便性と引き換えにわたしたちは大切なものを失いつつあるのではないか? 本書はそんな問いかけからはじまる。 ナビゲーションは、「海馬」という脳の領域が主に担っている。海馬にある場所細胞・頭方位細胞・格子細胞などが、脳のなかに認知地図をつくり出しているのだ。 興味深いのは、海馬は記憶の構築にもた

本書は、Harnessed: How Language and Music Mimicked Nature and Transformed Ape to Man(BenBella Books, 2011)の全訳である。著者のマーク・チャンギージーは、カリフォルニア工科大学、レンスラー工科大学でキャリアを積んだ理論神経科学者。しかし彼の活動はアカデミズムの枠に

2009年のノーベル生理学・医学賞を受賞したのは、エリザベス・ブラックバーン、キャロル・グライダー、そしてジャック・ショスタクの3氏だった。 細胞寿命の鍵を握る染色体の先端にある連続する塩基配列、テロメア、そしてテロメアを修復する酵素であるテロメラーゼの研究成果が受賞の理由であった。このテロメアがだんだん短縮していくとついに細胞は死亡する。細胞は永遠に分裂で

読書には、大きく分けると外在的読書と内在的読書の2種類が存在すると言われている。外在的読書とは読書の目的が本の外部にあって、本は手段の一つというケースを指す。一方、内在的読書は本を読むこと自体が目的化しているケースだ。これをたとえは悪いが、私は薬とヤクブツのような関係と解釈している。 一般的に「本好き」と言われる人は、内在的読書を実践しているケースが多いと思

同性愛の「治療」を受ける男。娼婦を相手に性的興奮を得ることができれば成功だ。男の頭には電極が差し込まれており、後頭部から4本のコードが隣の部屋まで延びている。その部屋では、研究者たちが電極から送られてくる計測値を見ながら、男の快楽中枢に適切な電気刺激を与える。 まるでSFだ。しかし、未来の話としてはおかしいと思われないだろうか。現在の状況を考えると、LGBT

これは、2019年9月に刊行されたKit Yates の初の一般向けの数学啓蒙書The Maths of Life and Death: Why Maths Is (Almost) Everything の全訳である。 著者のキット・イェーツは、オクスフォード大学で数理生物学を専攻し、現在はバース大学で数理生物学の上級講師をしている。オクスフォード時代には、

妻の何気ない「自閉症の子どもって津軽弁しゃべんねっきゃ」というひとことに、私は10年ものあいだ「本当に?」「どうして、なぜ?」と問い続けました。そして同時に湧き上がった疑問。 「なぜ、他の人は目の前にあることを不思議に思わないでいるのだろう」 この研究を通して出会った保護者や支援者の多くは、この現象について「どうしてだろう?」と疑問に思ってくれました。ところ

遠い未来の地質学者が、私たちの生きる時代を調査したら、こんな結論に至るだろうーー「人類の影響による惑星規模の変化があった数々の痕跡が見つかる」。ノーベル化学賞を受賞したパウル・クルッツェンらは、こうした大転換に、「人新世」という新たな地質年代を名づけることを提唱した。 本書は、人類の及ぼす惑星規模の変化を、テクノロジーの面から探究する。今や人類は、自然の仕組

ハッサン・ダムルジは肝が据わっている。 本書(原題The Responsible Globalist)がイギリスで出版されたのは2019年秋。イギリスではEU離脱をめぐる国内対立が深まっており、アメリカのトランプ政権はメキシコからの移民取り締まりを強化し、米中は貿易戦争を繰り広げていた。 自国ファースト、反グローバリズムのうねりが高まるなか、本書の取材を続け



「世の中にこんなに面白い芝居があるのか」 初めてつかこうへいの芝居『ストリッパー物語・惜別編』を観た、紀伊國屋ホール支配人(当時)、金子和一郎氏の感想です。時は1975年暮れ、場所は青山のVAN99ホール。1960年代に「アイビー・ルック」で一世を風靡した服飾メーカー「ヴァンヂャケット」が、73年3月に、青山通りに面した同社別館一階にオープンしたのが、このホ

HONZの基本は「ノンフィクション本」だ。だがこの小説だけはどうしても紹介したい。 いま、この文章を書いているのは2020年3月末。世界中が新型コロナウィルスによる感染症のパンデミックと戦っている真っ最中である。 この病気は、最初は普通の風邪の顔をしている。だからみな油断していた、見くびっていた。それゆえ対応が遅れた。 日々増えていく感染者の数。制限される生

私は暴力団を20年以上取材している。そのため暴力や犯罪に耐性が付き、暴力団をはじめ、周辺者たちを題材にしたノンフィクションにも食傷気味だ。正直、この分野にはやっつけ仕事の類似本が多く、本書も斜めに見ていた。軽いタイトルの印象もあって、実話誌によくある「面白おかしい、でもよくあるヤクザの姐さん話」と高を括っていた。 面白い物語ではあった。しかし、予想は完全に裏


著者のマーク・チャンギージーは、1969年生まれの進化神経生物学者。カリフォルニア工科大学の特別研究員、レンスラー工科大学准教授などをへて現在はヒューマンファクトリー・ラボという研究所を主宰。認知と進化についての独創的な研究で世界的に知られ、数多くの論文を学術誌に発表している。その一方で、サイエンスライター、作家、さらにとくに本書第一章とも関係の