
【連載】『家めしこそ、最高のごちそうである。』 第6回:美食でもなく、ファスト食でもなく
稀代のジャーナリストが語る、家庭料理の極意。「家めし」の美味しさを追求していったら、答えはシンプルなものへと辿り着いた。第6回は、私達の自己表現から食のあり方を考えます。 珍しくて高い食材を使い、お金がかかり、ブランド志向な「美食」ではなく。 お金はかからないけど、不健康で太ってしまうスーパーの総菜や半調理品、コンビニ食のような「ファスト食」ではなく。 さら
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稀代のジャーナリストが語る、家庭料理の極意。「家めし」の美味しさを追求していったら、答えはシンプルなものへと辿り着いた。第6回は、私達の自己表現から食のあり方を考えます。 珍しくて高い食材を使い、お金がかかり、ブランド志向な「美食」ではなく。 お金はかからないけど、不健康で太ってしまうスーパーの総菜や半調理品、コンビニ食のような「ファスト食」ではなく。 さら

稀代のジャーナリストが語る、家庭料理の極意。新聞記者時代の激務による影響で体調を崩した佐々木さんは、断食を経験することによって日常生活を見直すきっかけをつかみます。第5回は、断食体験以降に考えた、これからのライフスタイルについての話。 断食体験以降、私の中で生活に対する姿勢や家庭料理への考え方、ライフスタイルなど、さまざまなことが変わりました。 わたしの日常

学問においていちばん大事なのは、問題をどう解くかではない。どのような問題を設定するかである【アルキメデス】。 アルキメデスが言ったというのはウソだけど、どういう問いかけをするかが重要というのはホントである。この本が問いかけるのは、ドーナツを穴だけ残して食べることができるか、という哲学的命題だ。この、まったくどうでもいい問題を聞いておもしろがれるかどうか、で、

このタイトルとカバーの写真……縄文人に「なる」といきなり言われても、いったい? 緊張感があるような、まったくないような、私もよくわからない。のだけれど、淡々と縄文人のライフ・スキルを紹介するこの一冊、まったくもって本気なのである。 サブタイトルに「縄文式生活技術教本」とあるが、章ごとに「火」「石」「角」「土」「木」「衣」「食」「住」と分けられており、それぞれ

稀代のジャーナリストが語る、家庭料理の極意。「家めし」の美味しさを追求していったら、答えはシンプルなものへと辿り着いた。第4回は、家庭料理の今。バブルによって外食が進化した後、意外な場所で伝統的な家庭料理が復活していた。 バブルが盛り上げたのは外食の美食でした。イタリアンやフレンチ、そして和食でも美味しいお店がたくさん開店し、伝統的な日本酒も復活してきました

稀代のジャーナリストが語る、家庭料理の極意。「家めし」の美味しさを追求していったら、答えはシンプルなものへと辿り着いた。第3回は、1970年代の外食を振り返ります。 では、このころの外食はどうだったのでしょうか? 1970年代は私はまだ10代で田舎に住んでいたので、東京の大人が行くようなハイブローな店はまったく知りません。たまの週末、家族での外食というと、い

稀代のジャーナリストが語る、家庭料理の極意。「家めし」の美味しさを追求していったら、答えはシンプルなものへと辿り着いた。第2回は、1970年代の家庭料理を振り返ります。 わたしは1961年生まれで、52歳になります。キリの良い年に生まれたため、70年代が思春期、80年代が20代、バブルのころは20代後半で新聞記者でした。そして「失われた二十年」を30代後半か

2月27日に佐々木俊尚さんによる著書、『 家めしこそ、最高のごちそうである。 』が発売されます。稀代のジャーナリストが語る、家庭料理の極意。HONZではその発売に先駆け、いち早く書籍の内容を、全12回の連載形式でお届けいたします。「家めし」の美味しさを追求していったら、答えはシンプルなものへと辿り着いたー この連載のメッセージは、たいへんシンプルです。ひとこ

私事になるけれども、私はいま、この1年ほど続いた雑誌連載を終えたところである。すこしほっとして、この河合さんの本を手にとり、読み、解説を書こうとしている。 連載の趣旨は地球と同様に、人類もまた、もう有限の存在であると考えてみたほうがよいのではないか、というもの。最後は、人類が永遠に続くのではないとしたら、人間は今後、自分を人類の一員として考えるだけではなくて

本書は、イギリスのユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)ンピューターサイエンス学科の名誉上級研究員であるピーター・J・ベントリーの一般向けの科学書『The Undercover Scientist』を翻訳したものである。 ベントリーは、遺伝的アルゴリズム、進化的計算、人工免疫系、群知能などの複雑系の技術を、設計、制御、ロボット工学、ナノテクノロジー、

佐々木俊尚さんといえば、ITジャーナリストである一方で、料理の腕前も相当なものであることをご存知だろうか? お昼時になるといつも、夫人の 松尾たいこさんのFBページ には、色鮮やかな食卓の写真がアップされる。 それらを眺めながら、僕もいつかこんな風に料理の出来る男になりたいものだと、かねがね思っていた。 そんな佐々木さんが、ついに2月27日『 家めしこそ、最

「男の子の理想の人生」――本書の読後感はこの一言に尽きる。 国家、産業、技術、芸術――なんでもいい。あるものの勃興期に生まれ合わせ、その盛り上がりと共に人生をおくるというのは素晴らしい、得難い幸運である。 本書のタイトルとこの解説文に惹かれて、本書の購入を決意。早速、家に帰って本書のページをめくってみると、期待通り読んでいてワクワクする夢のような人生が描かれ

物覚えが悪くなったのはいつ頃からだっただろうか、今となっては思い出せない。小学校の時から忘れ物は多かった人間だが、明らかに、最近、一皮むけたのだ。特に固有名詞だ。正解の直前までわかるのに「あれ」としか言えないもどかしさ。最近、物忘れがひどいんだよ…と友人に言ったら、「俺、今日、カタカナの“メ”が思い出せなかった。」と言われた。お互い、年である。“メ”がだめだ

ダークスーツを颯爽と着こなしたビジネスパーソンが、ビジネスバッグを手に所狭しと歩きまわる、電話を掛ける、キーボードをたたく――20年ほど前にロンドンで観たRSCのヴェニスの商人は、確かそのように始まった記憶がある。本書は、人口に膾炙したこのシェイクスピアの名作を俎上に載せ、片方ずつではあるが聴力と視力を失うという病にみまわれた1人の言語学者が、渾身の力を振り

我ながら素晴らしいアイデアを思い付いたときに、「これ特許にしたら儲かるかな」などと想像した経験はないだろうか? 私はある。しかし、そのアイデアを具体的に特許にするやり方は、ほとんどの人が知らないはずである。 本書は一般的な特許出願方法から、常識では考えられないような特殊特許まで、笑えて学べる特許の入門書になっている。この本のポイントは「笑えて学べる」にある。

いつのころからだろう、テレビのバラエティ番組に「おネエ」言葉が溢れるようになってきたのは。異形の麗人たちの姿に驚かなくなってしまったのは、なぜなんだろう。世間の御意見番のような立場に、彼(彼女)らはどうして使われているのだろう。 最近は不思議とも思わなくなっていた、そんな現象を外国人の言語学者が論じた一冊、それが『「おネエことば」論』である。 17歳で日本に

著者は能楽師のワキ方である。「能」と聞いたときにまず多くの人が思い浮かべるのは面(おもて)を付けて舞うシテ方で、ワキ方というのは、ちょっと失礼な言い方をすれば、シテ方が舞っているときに、なんだか舞台の角で、素顔のまま、じっとしている人。面もつけず、笛も吹かず、鼓(つづみ)も打たず、舞台の進行役を務めたり、ときに立ち振舞を見せることがあるものの、全体としてはな

底冷えのする毎日が続きますがHONZをご覧の皆様、元気にお過ごしでしょうか。 さて、2014年にご紹介する最初の1冊はこちら。 一般の学校でも授業に茶道を取り入れているところはまだ多いとは言えないのに、なぜ乗馬という専門的な技術を身に着けるための特別な学校で、茶道の授業が行われているのだろう。しかも、競馬と言えばギャンブル。茶道の世界はその対極ともいえるわび

人であれ本であれ町であれ、人生の出会いのほとんどは、実は偶然からスタートする。著者の名前を目にした時、シチリアのエリチェの街並みが思わず瞼に浮かんできたので、懐かしくて本書を紐解くことになった。驚いたことには、エリチェの町と同じように、小ぶりだが、とても温かみがあり、深い余韻が残る美しくて素晴らし本だった。 著者は、フランスの著名な人類学者で、あのレヴィ=ス
恥ずかしい思い出話からはじめよう。 私にとって小林秀雄の批評は高校生時代の愛読書だった。当時は文庫でかなり出ていたから、文庫にあるものはすべて読んだ。初期の「様々なる意匠」も当然読んだ。それで、文学青年でもあった担任の国語の先生に、「こんど、「ようようなるいしょう」を読みました」と、自慢げに報告した。一瞬間があって、先生は「そうか」とだけ言った。 大学生にな
成瀬先生との最初の出会いは、武蔵野栄養専門学校時代に私が先生の教え子だったことです。出来の悪い教え子でしたが。そして卒業して10年くらい経ったときに再会しまして、「今は何をしているの」と質問され、料理人ですと答えたところ、「一緒に本を作ってみないか」と仰っていただき『魚調理の「こつ」』という本を共同執筆で柴田書店から出しました。現在、私は80冊ほど著作があり
とびきり居心地よい場所(The Great Good Place)。家、仕事場に次ぐ、ふらりと立ち寄ることが出来る第3の場所(The Third Place)。本書が取り上げるのは、そのような場所だ。 著者のレイ・オルデンバーグは1932年生まれ、西フロリダ大学社会学部の名誉教授である。本書の刊行は、初版が1989年、第2版が1996年と、少し前のことだ。し
あけましておめでとうございます。2014年もHONZをよろしくお願いいたします。 さて、今回ご紹介するのはMOOKです。HONZのルール上、MOOKはアリなんだったかどうだか忘れましたが、コンビニのワンコインBOOKSがオーケーなんだからMOOKだっていいだろうということです、はい。なにしろ年末年始、わたくしはこの本でたっぷり楽しみました。実に「使える」本だ

「次の所長候補」の選考において、MITメディアラボは、 伊藤さん に辿り着くまでに300人の面接を行ったそうだ。アメリカ人の学者や研究者から検討を始め、MITは最終的に「ドバイに住んでいる、大学を出ていない日本人」を選んだ。 本書は、伊藤さんの就任後にメディアラボで始まった授業「 カンバセーション・シリーズ 」から、4回の対談を本にしたものだ。英語の題名は"

黒地に髑髏とクロスボーンをあしらった海賊旗(ジョリー・ロジャー)を高らかに掲げ、木造帆船を駆使して大海原を闊歩する海賊。最近では漫画『ONE PIECE』や映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』が世界的なヒットを飛ばしている。体制に反抗しながら、お宝を追い求める男たちの物語に多くの人々が何かしかのロマンを感じているのだろう。その一方ソマリアなどで繰り返される海

辞書を引く、という言葉はすでに死語なのかもしれない。なんといっても電子辞書やコンピューターでの検索が速くて便利である。辞書をひいたついでに、まわりの単語をチラ見しながら、ふむふむそうか、というようなという楽しみがなくなってしまった。紙の辞書を捨てたわけではないのだから、いつでもできるのであるが、わざわざするようなことでもない。 かつては、ジャポニカ百科事典の

今年の春、車を買い替えた。11年乗った赤の4WDのアウディをとっても気に入っていたのだけど、さすがに調子が悪くなってきたので、車検を機に新しくすることにしたのだ。 この車には思い出がいっぱい詰まっている。最初の5年ほどは、北方謙三氏の秘書をしていたので、彼の別荘に行ったりカンヅメになっているホテルに物を届けたり、病気になった北方ボスの愛犬を医者に連れて行った

東京・世田谷区成城、こんもりと庭木の繁った奥ゆかしいたたずまいの一角。木製の両開きの門の前からチャイムを鳴らすと、ゆかり夫人が朗らかに迎えてくださる。前庭には丹精された薔薇の花々が揺れているが、その日の目的に気を取られて、観賞するゆとりを持てたことはほとんどない。 玄関から左側の居間に通されると、一段高くなった奥の食堂のステレオの前で、低く流れる音楽に全身を

この『古典夜話』は1975年に円地文子先生と白洲正子先生の対談を1冊にまとめたものです。改めて読んでおりますとお2人ともに素晴らしい時代に生きておられたと強く感じます。 私はこの職にありながら白洲先生とは全くご縁が無く、ご挨拶をさせて頂いたことも、またお仕事ですれ違ったこともありませんでした。白洲先生は幼少時からお能を習われて、女性としては初めて能舞台に立た

一口に本好きと言っても、大きく分けると二つのタイプが存在する。それは本の中身にしか興味がないか、それとも外側にも興味を持つかということである。僕などは本好きを自称していても典型的な前者のタイプなので、フェティッシュに外側のことを熱く語られると、敵わんなという思いを常に抱いてしまう。 後者のタイプの際たるものが、稀覯(きこう)本と呼ばれるコレクターの世界である

子どもが産まれたあと妻の態度が激変した ー そんな経験ある世の男性(夫)は多いのではないか。とある民間研究機関の調査によると、妊娠した段階では7割が相手に愛情を抱いているが、子どもが2歳になる頃には、女性の夫への愛情はなんと半数以下の3割にまで低下するという(男性も低下するが、女性の下げ幅の方が圧倒的)。「え、そんなに俺たち愛されてなかったの?」「やっぱりそ

長らく思い込んでいたことが、記憶ちがいであったりする経験はないだろうか。タイトルに使った『人生に迷ったらバーテンダーに訊け』というのは、誰もが知る格言の一つだと思っていた。しかし、まわりに尋ねても知らない。『人生、バーテンダー、迷う』でググってもひっかからない。 自分で思いついたにしてはしぶすぎるフレーズだ。しかし、いつか人生に迷う時があったら相談してみたい

みなさんのお宅には「かつお節削り器」はありますか? 木製の箱型で、蓋を開けると鉋の歯があり、削ったかつお節は下の引き出しに溜まるという、あれです。 わたしが子供の頃は、毎日のようにかつお節を削らされたものだ。どうも滑らかに削るには向きがあるらしく、粉々になってしまうのを何度も持ち替えてみたり、消しゴムくらいに小さくなったやつを削っていて、指まで削りそうになっ

紅葉の季節、いかがお過ごしでしょうか。今月はどーんと趣味に走り、建築棚からオススメしてまいります。どうしよう。土木もいいけど、都市計画も、家具の本も、あ、造園、家づくり、照明、なんて棚の前で唸ってしまったのですが、独断と偏見で無理やり4冊に抑えましてございます。ドヤ顔失礼いたします。 まずは一番高額な『誰も知らない「建築の見方」』。建築図鑑って、本当に色んな

タイトルに魅かれて読んでしまった。誰でも思うはずだ、「酒と薔薇の日々」に決まっているじゃないか、と。それを、よりによって「醤油」とは。 本書は、何気ない日常席活を綴った68本のエッセイをまとめたものである。初出は1993年とあるから、相当に古い。しかし、長谷川町子の「サザエさん」が永遠に新しいように、人間の本質は少しも変わっていないのだから、いいものはいいの

面白いだろうと思って買った本が面白かったらうれしい。しかし、まぁ教養のために読んどこかぁ程度に思って買った本が面白かったら、もっとうれしい。すこし失礼かもしれないけれど、わたしにとって、『冷泉家八〇〇年の「守る力」』は、そんな本だった。 藤原定家の息子、初代の冷泉為家まで800年を遡ることができる、天皇家に仕えた和歌の家系。日本でも屈指の名家の話である。タイ

野瀬さんとは、何度か酒を飲みながらお話をさせていただいたことがあり、いつか一緒に本を作ろうと言いながら数年が経っています。 前の『天ぷらにソースをかけますか?』も、大変面白く読ませていただきました。 天ぷらにソース、というのは最初やっぱり「うっそ~」と思ったけど、その本を読んでいくうちどんどん納得してしまった。「なーるほど、それもありだな」。ボクは、ものわか

9月半ば、台風18号が本州を襲い、各地に大きな被害をもたらした。特に驚かされたのが京都の洪水だ。桂川が氾濫し、嵐山の渡月橋が今にも流されそうな映像に胸を痛めた人は多かっただろう。 嵐山の料亭といえば「吉兆」である。 ブログ に寄れば洪水は吉兆の門まで来たが、幸いにも庭の一部が浸水しただけで、建物自体に大きな被害はなかったそうだ。 この長い長いタイトルの新刊は

HONZメルマガ が熱い。編集長が月替わりから栗下直也専任になって、面白さが激増である。その栗下に『「今月読む本」に『おっぱいの科学』、直近のレビューが『生理用品の社会史』です。「どこに行くんだ!大先生」って感じです。』と 誉められた 。けど、どっこも行きません。毎日、ちゃんと大学に来て仕事してますから。 『いずれの本も密かに私が狙っていたからです。ディスプ

本日はHONZ金魚奨励デーである。「金魚なんか興味ないし、今後も好きにならなそう」という人にとっては全く価値のない話かもしれない。かくいう私も金魚といえばアートアクアリウム展に足を運んだものの、可愛いな~程度しか感じない人だった。 すっかり夏も終わり中秋の名月も訪れたが、個人的な話では、8月の終わりに地域の夏祭りに家族で参加してきた。出店の屋台に金魚すくいが