
『礼服(らいふく) ―天皇即位儀礼や元旦の儀の花の装い―』
日本における最高の正装をご存知だろうか? タイトルでもある礼服(らいふく)とは、「大宝律令」および、これを改定した「養老律令」の衣服令において、皇太子以下五位以上の貴族の正装と規定されており、わが国で最も格式の高い服である。元日に行われる朝賀の他、大祀や大嘗という特別な祭祀にも用いられており、国家的に最も重要な儀礼に使用された装束といえる。 といっても明治天
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日本における最高の正装をご存知だろうか? タイトルでもある礼服(らいふく)とは、「大宝律令」および、これを改定した「養老律令」の衣服令において、皇太子以下五位以上の貴族の正装と規定されており、わが国で最も格式の高い服である。元日に行われる朝賀の他、大祀や大嘗という特別な祭祀にも用いられており、国家的に最も重要な儀礼に使用された装束といえる。 といっても明治天

「その朝、俺はピカソだった」という一行からはじまる、まるでアラン・ドロンが登場する陰影の濃いフランス映画を小説化したような本である。過去と現在をカットバックさせながら、史上稀有な犯罪を本人が語り下ろす。著者の名前はギィ・リブ。現在69歳の天才贋作作家だ。2005年に逮捕され、禁錮4年の判決を受けた。 フランス中部のロアンヌ。ギィは高級娼館を経営する両親の間に

大学に関するノンフィクションは数あれど、藝大がテーマというのも珍しいなと思い読み始めたのだが、中に登場する人物たちは、もっと珍しかった。まさに珍獣、猛獣のオンパレードである。 舞台となる東京藝大は上野にキャンパスがあり、芸術家を志すものたちにとっての最高学府である。上野駅を背にして左が美術学部で、右が音楽学部。美術と音楽、二つの芸術がまさにシンメトリーのよう

多くの感動と興奮を残して、リオ五輪が終了しました。勝ち取った数多くのメダルは、続く2020年の東京に向けて、次のヒーロー、ヒロインたちを育ててくれる物になるのでしょう。そこで、今回はオリンピックでメダルを獲得した競技について、その関連書の動向や読者の併読本を見てみたいと思います。 8月末からオリンピックを総括するグラビアや関連書の発売が相次いでいます。その中

住居の間取図を見て楽しめる人がいるように、地図を見てその先の光景に思いを巡らせ楽しめる人もいる。地図上から読み取れる地形や街、河川の形状などから、その場所や住む人間達を想像し、あたかも自分もそこにいるような思いを馳せれる心地よさがあるからだ。 本書はナショナルジオグラフィックから出版された地図を纏めた一冊である。太古の地図から、空想世界の地図、大遠征や探検の



ウィリアム・シェイクスピア(1564~1616)は、おそらく世界で最も知名度のある詩人であり劇作家だろう。『マクベス』や『ハムレット』などの名作は世界各国でローカライズされ読み継がれ、今でも頻繁にオペラとなり舞台となり上演を続けている。 シェイクスピアの演目は20世紀後半まで英国ロイヤル・シェイクスピア劇団が最も権威ある公演と考えられてきた。しかし時代は変わ

僕は、大学では憲法ゼミに入った。テーマは表現の自由。チャタレー裁判や悪徳の栄え裁判を勉強しているうちにD・H・ロレンスに興味を惹かれて、一時期、愛妻フリーダの「私ではなく風が」を始めとした関係書を貪り読んだ記憶がある。それ以来ロレンスはずっと気になる存在で、ラヴェッロ(イタリア)を訪ねたのもロレンス繋がりだった。 本書は、ロレンス夫妻としばし生活を共にしたデ

レオナルド・ダ・ヴィンチの名で何を思い浮かべるだろう。スフマート技法による『モナ・リザ』の作品だろうか、またはキリスト教の聖書に登場する『最後の晩餐』の画家としてだろうか?周知の通り、彼は絵画のほか彫刻・建築・科学・数学・工学・解剖学・地学・植物学など、極めて広い分野に精通していた。各分野における天才だということは確かだとしても、どのような環境で育ち、複雑な

2006年、東京国立博物館で開催されたプライスコレクションにて、初めて本物の紫陽花双鶏図を見たとき、全身に稲妻が走るような衝撃を受けた。尾長鶏はあまりに繊細かつ優美に描かれ、その崇高な姿はまるで鳳凰のようであり、口を開けて見入ってしまったのを覚えている。 本書は若冲の生誕300周年を記念し、初めての人にでも楽しく鑑賞できるポイントを紹介したフルカラー入門書だ

プロ野球にはNPB(日本野球機構)の12球団、いわゆるパリーグとセリーグのほかに、独立リーグという存在がある。2004年のプロ野球再編問題以降、地域密着型の野球チームが設立され、その中の一つ、四国アイランドリーグプラス〈四国IL〉のひとつ 「高知ファイティングドッグス」 が本書の舞台である。 四国アイランドリーグプラス は2005年に設立された。高知は、 香

W杯の南アフリカ戦勝利で、にわかファンが増えている。なにを隠そう、私もそのひとりだ。あの南アフリカ戦のトライには、テレビを見ていて飛び上がってしまうほど興奮した。それほど単純でもないつもりだったが、その後何度も映像を再生して見ているほどだ。 ついには先月のこと、秩父宮ラグビー場でサンウルブズのスーパーラグビー試合も観戦した。結果は残念だったものの、私なりに発

野生動物の世界は弱肉強食の世界でもあり、時には一口の食べ物も見つけられない場合もあり、身を寄せ合っても耐えれない寒い冬だってある。動物たちは大変厳しい環境を精一杯生き抜いているが、それでも緊張や恐怖から解き放たれて優しい表情を見せる瞬間がある。 本書は世界中の動物たちのしあわせな瞬間を集めた写真集だ。著者が求めたのは弱肉強食の世界に生きる動物ではなく、見てい

宮城君から私のアウトルックの受信トレイに変なメールが届いたのは、もう4、5年ほど前になるかと思う。彼は、私が自分のブログに書いた北穂高岳滝谷第四尾根の登山の記事を読んでメッセージを送ってきたのだが、それがたしか、われわれの間に起きた最初の接触だった。 私が滝谷の四尾根を登ったのは5月の大型連休の話であり、春にこのルートを登るのはとくに珍しい記録ではない。それ

中国大陸の南西部を中心に定住する少数民族・ミャオ族。かつては稲作の民として知られたが、気象変動や土地争いなどにより今は山の民として暮らしている。 そんなミャオ族には日本人のルーツではないかという説があったり、自然を崇拝していたり、納豆を食べていたりと、知れば知るほど親近感のわく存在なのだが、刺繍・染め・織といった女性たちの手仕事にも定評があり、そのレベルの高

これは、日本発の新しいアートの本だ。いま、“コロリアージュ”というフランス発のぬり絵がブームになっているが、“NuRIE”は日本一大きなぬり絵商材なのである。吉水卓さんというアーティストが絵を描き、マルアイさんという山梨県の企業が生産、販売している。2014年3月の発売以来、好評を博し、新作を続々と発表。現在すでに7作品を発売中。日本のみならず海外の展示会な

ここには、ページをめくるたびに、知的な興奮がある。 ここまでメジャーリーグは進化していたのか! という純粋な驚き。そして、なおかつ読んで面白い。『ビッグデータ・ベースボール』は、ポスト『マネー・ボール』の時代でもっとも刺激的なベースボール・ブックだ。 2013年、『ピッツバーグ・トリビューン・レビュー』紙に採用されたトラヴィス・ソーチック記者は、ナショナル・

2016年の日本経済は欧州金融機関の混乱、中国経済の減速、また日本銀行のマイナス金利政策により波乱含みの年になりそうだ。それでも欧米主体の現代アート業界は不思議なもので、クーンズやハーストなどアーティストであれば安定した優良株のように、供給するたびに買い手がつくほどの市場が形成されている。 牛の輪切りをホルマリン漬けにした作品で知られるダミアン・ハーストはニ

世界初の人工雪の製作に成功し、低温科学の分野で大きな業績を残した中谷宇吉郎は、物理学者寺田寅彦の弟子であり、研究でも随筆においても強く影響を受けた。本書は著者の科学エッセイ14篇を収録しており、どの文章にも詩的な表現とユーモアがふんだんに散りばめられ、純粋な科学のおもしろさがじわじわと伝わってくる。 冷えきったガラス板を天にかざし、降り落ちる雪を受け取っては

本書は摑みどころがない。何が新しいか、面白いのかと問われたときに、答えに窮する漠然とした本だ。スペキュラティヴという言葉にヒントがあるだろうかと辞書を引けば、思索的、思弁的、投機的といった意味がある。しかし、どの言葉を当てはめてもしっくりとは来ない。しかし、それでも不思議と紹介したくなる魅力を持っている。スペキュラティヴ・デザインという聞き慣れない言葉の捉え

タイトルが秀逸。「1998年の宇多田ヒカル」という単語を目にしただけで、様々な情景が昨日のことのように蘇ってくる。だが皮肉なことに、それは音楽に心を躍らせるという経験が、その時から更新されていないことを意味するのかもしれない。 1998年が、いかにエポックな年であったかを示す事実はいくつもある。1つは日本の音楽業界史上最高のCD売上を記録した年であるというこ

転がりながら、つかんだその細い木が手のひらからずるりと抜けていくのが見えた。絶望的な光景だった。その瞬間、自分は死ぬんだと分かったのだ。これから川まで一直線に投げ飛ばされ、激流にもまれながらインドまで流されるのだ。 前回レビューを書いた 『冒険歌手』 を読んでからというもの「冒険ってなんだろう」とモヤモヤし続けていた私は、その簡単には出そうにない答えを求めて

プロレスに興味が無い、若い世代にとってジャイアント馬場の印象とは「動きが緩慢な巨人レスラー」程度かもしれない。だが、1960年代、馬場は日本人離れした209センチの長身を武器に「東洋の悪魔」として恐れられ、全米のマットを席巻した。ニューヨークの「マジソン・スクエア・ガーデン」でメーンを張り、目の肥えた米国のプロレスファンを熱狂させた。 帰国するまでに、稼ぎ出

かつてスポーツ中継の花形だった実況アナウンサーたち。映像技術が進化し、観る人の情報源が「耳」から「目」へと移っていくにつれて彼らの存在感は薄まっていったように思える。 だが実態はむしろ逆で、視聴者を惹きつけるうえでの重要性は増してきているという。解説者とのかけ合い、ディレクターとの意思疎通、試合前の取材といった、実況以外の領域における役割が時代とともに広がっ

表紙の帯をはずせば、平安貴族の旅装束から女性の口元が覗く。 この写真は葵祭、祇園祭とともに知られる京都三大祭りのひとつ「時代祭」のシーンである。時代祭とは京都御所から出発し、山国隊の奏する笛、太鼓の音色を先頭に約2,000名・約2キロにわたる行列をなし平安神宮を目指す伝統行事だ。常盤御前、巴御前、出雲の阿国など麗しい姿もあり、京都の歴史をしのばせる。 本書は

マネーロンダリング、韓国戦での八百長、W杯開催地選挙、会長選挙で飛び交う実弾。FIFAの闇はここまで深かった! そして2015年5月に迎えた、FIFA幹部の一斉逮捕。本書『FIFA 腐敗の全内幕』は、その端緒をつくったアンドリュー・ジェニングス氏の、長年にわたる調査報道を余すところなく伝えた一冊である。今回は特別に、日本版を手掛けた編集部による解説記事を掲

FIFAの汚職については既にニュース等で何度も見聞きしているし、多かれ少なかれ「この手の組織」に黒い側面があることも想像に難くない。だから腐敗があったこと自体、それほど驚くようなことではないのかもしれない。 だが本書を読んで本当に驚いたのは、なぜこれほどまでの長期間、腐敗を止めることが出来なかったのかということである。そこには地下組織のような腐敗の構造と、世

本書は、アイルトン・セナの人間性に惹かれ親交を深めたイタリア人ジャーナリストが、ユニークな切り口で、その人物像をまとめたノンフィクションである。伝説のF1ドライバー・セナを一方的に礼賛した回顧録は世に数多あるが、本書は、敬意と友情を交えつつ、神格化されたセナの“あまりにも人間的な側面”を描くことで、逆にその魅力を最大限に引き出すことに成功している。セナ没後2

従来は、「ゴシック至上主義者」エミール・マールに代表されるキリスト教図像学者が、「稚拙」なロマネスク美術を発想源とされるテクストとの関連で読み解いてきた。これに対して著者は、「書物よりも大理石を読み解こう」と考え、「反図像学的試み」を主張するマイケル・カミールに親近感を抱く。そして、ヨーロッパの古寺巡礼を始めたのだ。読みながら、ヴェズレ―やオータンなどのロマ

「神の眼」を持つといわれ、今世紀最も偉大な写真家と称される男がいる、セバスチャン・サルガドだ。ブラジル金鉱で働く男たち、爆発しつづけるクウェートの油田を消火する消防士、悲壮感漂うルワンダの難民たち、数百万羽ものペンギンたちの群れなど、その圧倒的なインパクトで人々の魂を揺さぶり、観るものを非日常へとつれ去ってしまう彼の写真。セバスチャン・サルガドの場合、写真と

深遠な海の中に身を沈めれば、無重力の浮遊感。 目の前には鮮やかな魚達が横切り、好奇心旺盛なイルカや色とりどりのサンゴ礁、人間よりも遥かに大きく愛嬌のあるマンタやジンベエザメなど。ダイビングは、陸上では味わえない世界を堪能できる。 一方、太平洋戦争時の旧日本軍の重要拠点であるミクロネシア連邦チューク州。旧トラック諸島と呼ばれたこの地は空襲により 2 日で壊滅し

2015年3月21日、「世界ダウン症の日」が制定されてから10年目の記念に「ONE+LOVE WORLD」というイベントが、かめありリリアホールで行われた。これは若い世代に歌とダンスを通じて、ダウン症のある子たちのありのままの姿を見てもらおうと企画されたものだ。プロのシンガーやダンスチーム、有名なキッズダンサーとともに、本書の主人公である「ダンスチーム LO

『ゼロからトースターを作ってみた結果』は変わった本である。軽快な文章と興味深い数々の写真から、多くの知識を与えてくれる本だとも言える。ある種の感動も与えてくれる。だがそれよりも、読後、世界の見え方を変えてしまうところにこの本の特徴がある。一読した読者は、世界が微妙に変わっていることに気がつくだろう。身の回りの鉄製品やプラスチック製品、各種の工業製品への感性が

子供の頃、ガンダムのプラモを組み立てている際、モビルスーツとは別に飛行機であるコアファイターの部分が余っていたので、それと当時流行っていた「チョロQ」のゼンマイ機構を組み合わせていたことがある。勝手に「コアチョロQ!」と名づけ、それはウイングが格納しプルバック走行するオモチャで、我ながら本格的だと興奮していた。男の子には、変形や合体する機械を見るとテンション

趣味でも仕事でもいい。 長く一つのことを継続的に行なっていると、そこで覚えた技術、感覚、発想などがよく似た別の分野や、あるいはまったく異なる場面でも「応用」できることに気がついたことがないだろうか。 自分の例を出せば、長年レビューを書いてきた経験が、本職であるWebプログラムの問題解決や、設計思想に影響を与え、逆にプログラムを学んだことがレビューで情報をどの

日本のデザイン、イラスト、マンガにおける表現領域の拡大が国際的に注目を集めているのは言うまでもないが、これは取り立てて近年に始まったものではない。日本の美術史を紐解けば、これら造形美は古来より断絶期なく続いていた。その要因は何かを考えると、やはり線の表現に対する尋常ならざる取り組みが世界でも類を見ない多様な作品を残しているのが特徴的である。 本書は6世紀以降

ウフィツィで修復後の「ヴィーナスの誕生」に再会した時、以前とは異なり余りにも画面が明るくて軽い眩暈のような違和感を覚えたことがある。再建なった薬師寺の西塔を観た時もそうだった。それ以来、文化財の修復とは何だろうとずっと考えてきたが、漸く納得のいく言説に出会えた。それがこの素晴しい本である。 本書は、介入(修復)の4大原則、「可逆性、判別可能性、適合性、最小限

本書は史実を丹念に追いながら、チャップリンとヒトラーのメディア戦争の実相を暴く一冊だ。 同時に、それはネット社会の現代を生きる私たちにとって非常に切実な課題を突き付ける。 はたして、迫り来る全体主義の恐怖の中で「笑い」という武器しか持たないチャップリンはいかにして悪夢の独裁者と闘ったのか。 「喜劇王」と呼ばれるチャールズ・チャップリンは1889年4月16日に

本書はWade Davis, Into the Silence: The Great War, Mallory, and the Conquest of Everest (Knopf, 2011)の全訳である。原書は優れたノンフィクションに与えられるサミュエル・ジョンソン賞を受賞した。2011年12月、ニューヨークのリゾーリ書店に入った途端、刊行直後のこの本